「クアトロポルテ」に待望のAT車を追加
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/03/06 03:30 投稿番号: [34224 / 38959]
コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド(渡伸一郎社長、東京都港区)は2月28日、ATモデルを追加設定して発売したと発表した。
『政冷』日韓どう解消
歴史の教訓探す道を
■離任の羅鍾一・駐日大使に聞く
2004年春から日本との外交交渉の先頭に立ってきた韓国の羅鍾一(ラ・ジョンイル)大使が近く離任する。任期中、日韓関係は市民レベルの交流が進む一方で、政治的な関係は冷え込んだ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領側近の学者出身大使の目に、この3年間の日韓関係はどう映ったのか。
(聞き手、政治部・篠ケ瀬祐司)
――任期中で一番印象に残ったことは。
「靖国神社にあった『北関大捷碑』の返還だ」
――長く日本に奪われたままだった文化財が戻ったという喜びか。
「それよりも(碑に刻まれた)一般の人たちの苦しみに思いが広がった。加藤清正軍を農民ら義勇兵が敗退させた場所は、寒い山間地。武器も補給も十分でない中、双方ともつらかっただろう。義勇兵だけでなく、歴史に名を残すこともなく、意味のない戦を戦わなければならなかった日本の足軽・雑兵も、さぞ苦しかっただろうと」
――石碑は韓国を通じ、元あった北朝鮮に戻された。日韓だけでなく、南北間の関係進展も感じたのではないか。
「それはそうだが、今後は(指導者として)責任を持つ者は、意味のない政治的プロジェクトで一般国民につらい思いをさせてはいけないということをより強く感じた」
――「一般国民」といえば、〇六年三月から韓国人短期ビザ免除が恒久化された。
「昨年、来日した韓国人は(在日韓国人の再入国も含め)二百三十七万人で、訪韓した日本人より五万人多かった。これ(日韓の訪問者数逆転)は大きな変化で、相互理解にとって良いことだ。日本の地方空港、温泉、ゴルフ場でも、韓国人観光客のおかげで助かっていると言ってくれる」
――草の根の交流が深まる一方で、首脳の「シャトル外交」は中断したままだ。
「残念だ。(〇四年の)済州島での首脳会談で、盧大統領は『今後歴史の問題は言わない』と言った。これは日本側から歴史問題で韓国側を挑発しないようにとのメッセージだったが、うまくいかなかった。本人(大統領)も失望したのではないか」
――安倍首相は靖国神社参拝を公言せず、就任直後に訪韓した。
「そうした点を韓国側は十分評価している。盧大統領の来日は、最後は両首脳が決めることだが、うまくいくよう望んでいる」
――日韓関係を一段階進めるには、何が必要なのだろうか。
「両国の交流の歴史は深い。『冬のソナタ』に共感するように文化的にも近い。その両国が(一緒に)地域全体に影響力を与える関係になっていないのは、最小限の歴史認識が共有できていないためだ」
――自民党内に「河野官房長官談話」見直しの動きもある。
「日本国民全体のことだとは思わない。日本にはいつでも、正しい判断ができる人がいる。歴史認識とは、歴史から教訓を探そうとするかどうかの(個人の)差であり、両国間の問題ではない。心配しているのは過ちを反省せず、未来をだめにしてしまうことだ」
◆ ◆ ◆
記者はソウル特派員時代、日本赴任直前の羅大使に「日本語は話せるか」とたずね、大使に「なぜそう聞くのか」とぴしゃりと言われた経験がある。今回、理由を聞くと、羅大使は「韓日間の“言葉の不均衡”を克服したい」と説明してくれた。確かに韓国に赴任する日本の大使は、韓国語が話せるか聞かれない。
一方で、羅大使は日本語の美しさを絶賛した。「友人が離任記念に『一期一会』という言葉を贈ってくれた。こうした美しい表現を勉強するのは、三年間の楽しみだった」という。
ラ・ジョンイル ソウル大学卒。慶煕大大学院長、駐英大使を歴任後、盧武鉉大統領の国家安全保障補佐官を務めた。趣味はテニス。官房長官当時の安倍首相ら、政府要人ともプレーした。帰国後は韓国・又石大学総長に就任予定。専門は国際政治学。66歳。
<メモ>北関大捷碑(ほっかんたいしょうひ) 16世紀の豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、現地の義勇兵が加藤清正軍を破った記念に、北朝鮮の咸鏡北道吉州付近に建てられ、日露戦争中に日本に持ち込まれたとされる石碑。靖国神社境内にあったが、2005年10月に韓国に返還。一般公開された後、06年3月に北朝鮮に引き渡された。
『政冷』日韓どう解消
歴史の教訓探す道を
■離任の羅鍾一・駐日大使に聞く
2004年春から日本との外交交渉の先頭に立ってきた韓国の羅鍾一(ラ・ジョンイル)大使が近く離任する。任期中、日韓関係は市民レベルの交流が進む一方で、政治的な関係は冷え込んだ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領側近の学者出身大使の目に、この3年間の日韓関係はどう映ったのか。
(聞き手、政治部・篠ケ瀬祐司)
――任期中で一番印象に残ったことは。
「靖国神社にあった『北関大捷碑』の返還だ」
――長く日本に奪われたままだった文化財が戻ったという喜びか。
「それよりも(碑に刻まれた)一般の人たちの苦しみに思いが広がった。加藤清正軍を農民ら義勇兵が敗退させた場所は、寒い山間地。武器も補給も十分でない中、双方ともつらかっただろう。義勇兵だけでなく、歴史に名を残すこともなく、意味のない戦を戦わなければならなかった日本の足軽・雑兵も、さぞ苦しかっただろうと」
――石碑は韓国を通じ、元あった北朝鮮に戻された。日韓だけでなく、南北間の関係進展も感じたのではないか。
「それはそうだが、今後は(指導者として)責任を持つ者は、意味のない政治的プロジェクトで一般国民につらい思いをさせてはいけないということをより強く感じた」
――「一般国民」といえば、〇六年三月から韓国人短期ビザ免除が恒久化された。
「昨年、来日した韓国人は(在日韓国人の再入国も含め)二百三十七万人で、訪韓した日本人より五万人多かった。これ(日韓の訪問者数逆転)は大きな変化で、相互理解にとって良いことだ。日本の地方空港、温泉、ゴルフ場でも、韓国人観光客のおかげで助かっていると言ってくれる」
――草の根の交流が深まる一方で、首脳の「シャトル外交」は中断したままだ。
「残念だ。(〇四年の)済州島での首脳会談で、盧大統領は『今後歴史の問題は言わない』と言った。これは日本側から歴史問題で韓国側を挑発しないようにとのメッセージだったが、うまくいかなかった。本人(大統領)も失望したのではないか」
――安倍首相は靖国神社参拝を公言せず、就任直後に訪韓した。
「そうした点を韓国側は十分評価している。盧大統領の来日は、最後は両首脳が決めることだが、うまくいくよう望んでいる」
――日韓関係を一段階進めるには、何が必要なのだろうか。
「両国の交流の歴史は深い。『冬のソナタ』に共感するように文化的にも近い。その両国が(一緒に)地域全体に影響力を与える関係になっていないのは、最小限の歴史認識が共有できていないためだ」
――自民党内に「河野官房長官談話」見直しの動きもある。
「日本国民全体のことだとは思わない。日本にはいつでも、正しい判断ができる人がいる。歴史認識とは、歴史から教訓を探そうとするかどうかの(個人の)差であり、両国間の問題ではない。心配しているのは過ちを反省せず、未来をだめにしてしまうことだ」
◆ ◆ ◆
記者はソウル特派員時代、日本赴任直前の羅大使に「日本語は話せるか」とたずね、大使に「なぜそう聞くのか」とぴしゃりと言われた経験がある。今回、理由を聞くと、羅大使は「韓日間の“言葉の不均衡”を克服したい」と説明してくれた。確かに韓国に赴任する日本の大使は、韓国語が話せるか聞かれない。
一方で、羅大使は日本語の美しさを絶賛した。「友人が離任記念に『一期一会』という言葉を贈ってくれた。こうした美しい表現を勉強するのは、三年間の楽しみだった」という。
ラ・ジョンイル ソウル大学卒。慶煕大大学院長、駐英大使を歴任後、盧武鉉大統領の国家安全保障補佐官を務めた。趣味はテニス。官房長官当時の安倍首相ら、政府要人ともプレーした。帰国後は韓国・又石大学総長に就任予定。専門は国際政治学。66歳。
<メモ>北関大捷碑(ほっかんたいしょうひ) 16世紀の豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、現地の義勇兵が加藤清正軍を破った記念に、北朝鮮の咸鏡北道吉州付近に建てられ、日露戦争中に日本に持ち込まれたとされる石碑。靖国神社境内にあったが、2005年10月に韓国に返還。一般公開された後、06年3月に北朝鮮に引き渡された。