韓国の「現代自動車」いよいよ進出!

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Re: 金栄作教授、

投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2006/11/15 23:48 投稿番号: [32416 / 38959]
>そうかと思えば、日帝の無断統治が極まり3・1運動が起きる直前の1918年10月、行員のシン・ギョンジェが
>残した日記には、「月給が上がってとても嬉しい…三島銀行長を含めた取締役に、感謝の念を禁じ得ない」
>となっている。

>回顧録や男性雑誌の寄稿文などに現われた人々の共通点は、「思想よりも就職」、「民族よりも月給」である。

テメェらの宗主国様が言ってないか?
「衣食住、事足りてから、礼節を語る」ってな。
人間、まずは「生きる事」だ。


>日帝の要求する人間型の養成所と同時に、政策広報の手段である普通学校の進学率の上昇は、近代教育を
>受けなければ生存に脅威を受けるほか無い、一般民衆の厳しい生と繋がれていた。すなわち下層部は、上層部よりも積極的に変化に対処しなければならなかった。

>「どうすれば私も学校に通えるのか。どうすれば勉強をする事が出来るのか」

>1920年代のある少年雑誌に載せられたこの文は、上級学校に進学出来ない自分の心境を嘆いた内容である。

>社会の上昇手段である教育に対する欲望は、差別を受ける植民地の朝鮮人に親日と反日の価値として分けられない対象だった。

>このように追従に近い教育ブームは、現実に対する自覚よりも無批判的な皇国臣民を作る事に関与した。

ふぅん・・・
朝鮮人って、やっぱ「愚民」になって、一から十まで「お恵み」される方が良いんだ?(爆笑)

近代に何たるかを知らず。
自己で考える事も知らず。
ただただ、豚の様に餌を与えられて「生存する」のが、好きなのね(苦笑)

じゃなかったら、近代教育を否定するようなこんな文章、書けないわなぁ(苦笑)

>1912年、朝鮮人の普通学校の就学率は2.1%に過ぎなかったが、1940年には41.6%と極端に増えた。
>「どうすれば私も学校に通えるのか。どうすれば勉強をする事が出来るのか」
>1920年代のある少年雑誌に載せられたこの文は、上級学校に進学出来ない自分の心境を嘆いた内容である。

日本全国、どこでも同じような悩みを抱えた少年達は多かったな。
義務教育(小学校・国民学校)への就学率は100%に達していたが。
それでも殆どの子供たちは高等小学校(義務教育6年修了後、2年間の延長教育)までだったな。

1900年代以降、上級学校である、旧制中学校への進学率は。
1900年代・・・8.6%
1910年代・・・12.3%
1920年代・・・15.8&

1940年代でようやく25.0%、だ。

だとすると。
日本人も「生存に脅威を受け、差別を受けていた」のだな(苦笑)
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