韓国軽視論←韓国人の参加、大歓迎
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生粋の日本女性?!
投稿者: hakke_nnn 投稿日時: 2004/10/11 15:42 投稿番号: [13720 / 49973]
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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弥生文化は中国・華南地方から
投稿者: CDU_CSU 投稿日時: 2004/10/11 15:07 投稿番号: [13719 / 49973]
まず以前、別トピに投稿した私の投稿から
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半島における農耕はやはり北部がはやく前1000年ごろと言われております。
おそらくは前述の青銅器文化を持った騎馬民族が持ち込んだと思われます。
しかし出土物のメインは稗や粟といった畑作系の穀物です。
一方半島中西部の前4〜6世紀の遺跡からは大量の炭化米と琵琶型銅剣、それに桃氏式銅剣を模したような磨製石剣が大量に出土しています。(弥生時代の日本、特に北部九州からも顕著に出土)
桃氏式銅剣自体は中国・長江流域が起源と言われております。
私は桃氏式磨製石剣がカギと考えます。
結論から申し上げますと前4〜6世紀ごろ戦国時代の長江下流域は戦乱にあけくれ多くの人々が家や田畑を失った。(例えば前473年呉滅亡、呉王・夫差敗死)
名も無い人々は難民となって船に乗り対馬海流にのって九州や半島黄海沿岸にたどりついた。
この人達が日本や半島に水田稲作を伝えた人々ではなかったのでしょうか。(日本の弥生時代開始)
人々はそれぞれの土地に定着し水田稲作を開始した。ただ技術者がいなかったのか銅鉱山が発見できなかったのか銅剣が作れず、磨製石器で故郷・中国の銅剣を真似たものを作った。これが桃氏式磨製石剣ではないでしょうか。
その後半島から温暖な日本へ来た人もいたかもしれませんがほぼ同時期に水田稲作は始まったと考えられます。
余談ですが熱帯ジャポニカ種による陸稲栽培は縄文期の前4000年ごろには始まっていたようです。
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日本・半島の出土物などから判断すると、
できれば地図を見ながら確認してほしいのですが、中国の戦国期に揚子江下流域あたりから戦乱を逃れた難民(民族系統は漢族とはかぎらない。中原の人間からビンや越などと呼ばれた人達かもしれない)が
東シナ海を渡って、華南から等距離にある、九州北部や半島南部に同時に押し寄せた。
この人達が現地人と混血をくりかえしながら日本の弥生人、半島のいわゆる辰国あるいは三韓の人となった可能性が高いと思われます。
韓国の人は弥生人をなにがなんでも朝鮮北部を経由させようとしますが、華南>華北>北部朝鮮>南部朝鮮と遠回りする理由がないですし、まず無理でしょう。
また当時、半島南部の三韓人と九州北部の弥生人は文化的にそれほど大きな差はなく、双方向に交流があり対馬海峡は内海とも呼べる状況だったと思います。
多くの韓国人は人種差別的な「韓国人を祖に持つ優秀な弥生人が劣等な縄文人を物理的にも文化的にも絶滅させた」という考えを信じているようですが、弥生人は縄文文化のよいところはとりいれ、それは半島へも伝えられました。
たとえば勾玉は縄文時代からありましたが、それは支配階級の美術装飾品として半島へ伝わり、新羅王の金冠にもとりつけられております。
またこの時代以降、九州北部から半島南部の弁辰・馬韓・辰韓、さらに漢江にかけてはやった甕(カメ)に遺体を埋葬する甕棺墓制は、大陸に今のところ類似の墓制がないところからみて、日本列島の縄文時代の壷棺墓(遺体をまず土葬し、その後遺骨を取り出して壷に収めて墓に埋める)が起源と思われます。
中国の正史にも半島南部に倭人が居住していたこと、半島南部の三韓人が倭人の習慣であるいれずみを真似していたことが記されており、考古学・歴史学双方からこのことを裏付けています。
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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非常に個人的な仮説ですが・・・
投稿者: doronpa75 投稿日時: 2004/10/11 02:54 投稿番号: [13717 / 49973]
飛鳥と書いて「あすか」と呼ぶのは飛鳥明日香の枕言葉自体が「あすか」になったのは有名ですね。
では日下と書いて「くさか」と呼ぶのは何故でしょう?
仮説:「ヒノモトクサカ」は「日下草壁」で「日ノ本草壁」。
東大阪に日下という地名があります。
文字通り大阪平野の東に位置します。
たんにヒノモトは「東」を意味し東の国が日ノ本の国となったのではないでしょうか。
これは メッセージ 13711 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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ホンキーさん
投稿者: going_underground_1942 投稿日時: 2004/10/11 02:49 投稿番号: [13716 / 49973]
>年代が合いませんよね。
年代に対して、認識不足でしたw
大宝律令完成が701年。
平安時代が意外と長く、782年から1190年まで。
三国史記が書かれたのが1145年。(これと支那の三国志を取り違えてましたw)
奥州十三湊日之本将軍と名乗る安東氏が、日本国号発祥の人だと仮定して、年代的には合いますが
>(文武王十年(六七〇))倭国更えて日本と号す。自ら「日出る所に近し。以て名と為す」と言う。<三国史記、新羅本紀、文武王>
こう上記の証拠があると高橋富雄氏の説(安東氏)は不要になってしまいますね。
年代認識に対して恥ずかしい限りですw
これは メッセージ 13714 (going_underground_1942 さん)への返信です.
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倭人
投稿者: doronpa75 投稿日時: 2004/10/11 02:26 投稿番号: [13715 / 49973]
中国中央から見れば、東に浮かぶ島国は知識の中だけの国家で、「倭人文化の国」と考えるのが当時としては常識だったのだと思います。
フランス人は永らく自分達がフランク族出身だと思っていましたが、17世紀にこれは誤りで、ケルトの血がほとんどだと気付きます。
もちろんローマの血もほとんど残っていませんでした。
これは、進攻した民族はその子供達の世代で原住民の母方の言葉を話し、現地人の妻を娶り血が薄まるばかりだったからだそうです。
夫が子供に教育をするといった発想は、当時には無くて当たり前だと思います。
中国南部の「倭人」男子が海を渡り稲作文化を伝えても、子供達は中国南部の言葉さえ話せなかったという事もありえると思います。
我々の記憶の中で中国での形跡がないのはそのためだと想像します。
それを中国人に「おまえは倭人だ」といわれて「はあ?」と思ったか「そうだったのか!」と思ったのかは分かりませんが、当時の日本人は「はあ?何を根拠に?」じゃないでしょうか。
朝鮮人が中国人に教えてもらった「倭人」という言葉を使うのは明らかに、直接交流が少なかった証拠だと思います。
これは メッセージ 13708 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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>『三国史記』の「新羅本紀」によれば
投稿者: going_underground_1942 投稿日時: 2004/10/11 02:03 投稿番号: [13714 / 49973]
私なりに調べて見たのですが、奥州十三湊日之本将軍と名乗る安東氏は平安時代の人らしいので
『三国史記』の書かれた時代や大宝律令が出来た飛鳥時代とも
年代が合いませんよね。
ご指摘ありがとうございます。
その内、岩波文庫にも挑戦してみます。岩波と言えば、原文のまま難しいイメージがあるんです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
他には、同じく平安時代、
青森県の十三湊というところに安東氏というのがいたのですが、
その安東氏は「奥州十三湊日之本将軍」と名乗っていて、
独自に海外と交易をし、莫大な利益を得ています。
http://shibusan.parfait.ne.jp/old/touitu-kokka.html
これは メッセージ 13711 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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ありゃりゃ
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/11 01:44 投稿番号: [13713 / 49973]
これは メッセージ 13711 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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お!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/11 01:39 投稿番号: [13712 / 49973]
ウマい!
これは メッセージ 13710 (hail_mary_11 さん)への返信です.
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『三国史記』の「新羅本紀」によれば
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/11 01:38 投稿番号: [13711 / 49973]
これは メッセージ 13709 (going_underground_1942 さん)への返信です.
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>在韓諸君へ
投稿者: hail_mary_11 投稿日時: 2004/10/11 01:31 投稿番号: [13710 / 49973]
つっこみどころしかナイけど。(^^)
(釣り?)
つまり、地図を広げれば、素人でもわかることだ。
↓
地図を広げた素人が、勝手に思い込むことだ。
これは メッセージ 13670 (tachstone さん)への返信です.
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トピずれ:仮説として
投稿者: going_underground_1942 投稿日時: 2004/10/11 01:28 投稿番号: [13709 / 49973]
日本の国号は倭国・大和などと少ないのに比べ
朝鮮半島では新羅・百済・高句麗・李氏朝鮮・北朝鮮人民共和国に大韓民国と多いい。
その国号についてですが、倭国は平安時代(奈良時代?)より日本と名乗ったわけでして重厚かなと。
下の国号発祥の仮説は面白かったです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↓下記(対談本)より抜粋
http://dl.digipa.com/digipa/prod/200320065.htm「平泉の藤原氏三代にしても、東北の金属資源をバックにして、福島県の白河以北に半独立国家をかまえ、
中国と交易までやるわけでしょう。
中世に青森県十三湊に拠点をかまえた安藤氏なんかも、「奥州十三湊日之本大将軍」と名乗って、
対外交易をやっていますから。
これについては、歴史学者の高橋富雄さんによると、中国の『旧唐書』に
「日本国は倭国の別種である。その国が日辺にあるので日本をもって名とした。
また、倭国みずから倭の名が雅でないので、改めて日本とした」という主旨の記述があって、
日本・日の本というのは、もともと東北の蝦夷地の呼び方で、
日本という国名も東北の日の本からきたのではないかというんです。
つまり、東北は日本のなかのもう一つの日本だったわけです。」
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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鳥越憲三郎ですか
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/11 01:28 投稿番号: [13708 / 49973]
ちょっと飛躍しすぎかなとも思いますが、鳥越の説(倭人を「日本人」に限定せず、中国南部から、朝鮮、日本列島までに分布したゆるやかな南方系同族系統とする説)は、なるほどなとも思います。
そもそも「倭人」が、『論衡』に登場するのが、中国の周代であり、縄文時代ですから、「倭人」が中国南方を原住地とする説は、頷けます。
魏の曹一族の一人で会稽の太守だった者の墓で、「有倭人、以時盟不(倭人有り、時を以って盟するか)」という文字が刻まれたセン(石+専)が発掘されました。
『魏志倭人伝』の中でも、邪馬台国の倭人達の風俗を見て、中国人が会稽の人々の風俗を思い出しています。
これは メッセージ 13706 (doronpa75 さん)への返信です.
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明らかに間違い
投稿者: doronpa75 投稿日時: 2004/10/11 01:16 投稿番号: [13707 / 49973]
>人も文化も、中国の影響はあるがこれらはすべて「朝鮮反動を経由して」日本へ流れて来た。これは地政学的に見ても明らかな事だ。つまり、地図を広げれば、素人でもわかることだ。鑑真などは例外的だろう。
それは朝鮮の常識だ、あなたの明らかな間違いである。
>日本に残る民族行事を見るがよい。
こんなところにもという田舎にも朝鮮半島から伝わったと直ぐに分かるものが,数多く見られる。
韓国の稲作は、中国南部の倭人文化が九州経由で今の韓国に伝わったものだ。
似ていて当然だ。
>
日本と北朝鮮はスペインとメキシコ・アルジェンチンの関係と同じだ。二国は運命共同体の関係にある。仲良くしよう。
意味不明??
メキシコはスペイン系白人が原住民を支配している国、アルジェンチンはイタリア移民が多く、スペイン人とイタリア人の混血の白人の国。
説明を求む。
これは メッセージ 13670 (tachstone さん)への返信です.
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何学部?
投稿者: doronpa75 投稿日時: 2004/10/11 01:04 投稿番号: [13706 / 49973]
>東京と九州の人の人類学的な特徴から私みたいな素人にもピント来たのです。
君が何学部の留学生であるかによって、返答がかわるが、遺伝学や人類学や歴史に関しては素人なのがすぐに分かる。
それはあまりにも不勉強であるからだ。
パソコンなり図書館を使えば、君達の韓国での常識が根拠のない誤りである事に気付くのに、3日とかからないはずだ。
日本が嫌いなら英語でも可能だ。
いまだに多くの嫌韓派ですら勘違いしている事だが。
倭人により稲作文化は中国南部、九州経由で朝鮮半島に伝えられた事は紛れもない事実だ。
韓国人のあなたには理解できないかもしれないが、縄文時代ですら、中国と頻繁に交易があった。ま、片道切符の場合も多いが・・・
中国文化が朝鮮経由で伝わったのは極一時期であった証拠は、中国文化に無くて朝鮮文化独特のものは日本には、ほとんど残っていない。
それはポルトガル文化と同程度でしかない。
中国文化を理解していれば、日本にいる君には用意に理解できるはずだ。
−−−−−−−−−−
>
視線を朝鮮半島南部に移そう。ここにも聖なる「門」がある。一対の石積みの塔(タプ)である(多くは現代になってから壊され、わずかしか残っていない)。その上には石や木で出来た鳥が止まる。これは『三国志』(魏志)など(注)が馬韓の民俗として記した「蘇塗」(そと)の末である。蘇塗とは聖域(つまり「聖林」=「社」)も指した。この石積みの塔という形自体は北方ツングース系に由来する。しかし、鳥が止まる結界門という習俗は南方の「倭族」のものである。
http://www.kcn.ne.jp/~tkia/mjf/mjf-72.html
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
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トピずれ(客死した遣唐使の墓誌発見)
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/10 23:02 投稿番号: [13705 / 49973]
中国・西安で遣唐使の墓誌発見
皇帝に仕えた日本人判明
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唐の都・長安のあった中国・西安で、阿倍仲麻呂らとともに遣唐使として渡りながら、現地で亡くなった日本人留学生の墓誌が見つかった。その人生や、死を惜しんだ玄宗皇帝が高官の役職を贈ったことなどが記されていた。この時代の日本人の墓誌が中国で発見されたのは初めて。古代東アジアの交流や、遣唐使の実態を伝える前例のない発見といえる。10日、中国国営新華社通信が「西安晩報」の報道として伝えた。
西安の西北大学博物館が最近入手したもので、39.5センチ四方の石に、名前は「井真成」で「国号日本」など12行で171文字が刻まれていた。生まれつき優秀、国命で派遣され勉学に励み、宮廷で役職についたが、急病で開元22(734)年に36歳で死去、魂は故郷に帰るだろう、といったことが記されている。
現存の実物資料としては国号「日本」が使用された最古の例となる。
共同通信によると、西安市内の工事現場で見つかり個人が収蔵していたものを西北大の博物館員が収集した。
当時の遣唐使は十数年に一度の不定期。年齢から、717年の遣唐使に19歳で留学生として参加したとみられる。奈良に都を移してから初の遣唐使にあたる。仲麻呂や吉備真備、僧玄●(●は日へんに方)(げんぼう)ら557人が参加した回だ。
遣唐使の参加者は、唐で活躍した仲麻呂のほかは、日本で5位以上の官位を持つ参加者しか記録されていないため、この人物に該当する記述はなく、日本名などは分からない。
死後に皇帝から贈られたのは「尚衣奉御」という、従5品上の役職だった。中国の官位は1〜9品に分かれ、5品以上が皇帝の前に出ることができる殿上人。唐で役人として出世したほぼ同年齢の仲麻呂は、真成が死亡した年に従5品下に昇格しており、2人は似たコースを歩んでいた可能性が強い。
墓誌には朝廷内の役職についていたことを示唆する記述はあるが、実際にどのような役職だったのかは記されていない。尚衣奉御は、皇帝の近くに仕える役職だった。
◇
氣賀澤保規・明治大教授による銘文の抄訳は以下の通り。
「姓は井、字(あざな)は真成、国は日本と号す。生まれつき優秀で、国命で遠く唐にやってきて、一生懸命努力した。学問を修め、正式な官僚として朝廷に仕え、活躍ぶりは抜きんでていた。ところが思わぬことに、急に病気になり開元22年の1月に官舎で亡くなった。36歳だった。皇帝は大変残念に思い、特別な扱いで埋葬することにした。尚衣奉御の位を贈った。2月4日に万年県の川のほとりに埋葬した。体はこの地に埋葬されたが、魂は故郷に帰るにちがいない」
〈町田章・奈良文化財研究所所長(考古学)の話〉
阿倍仲麻呂とともに養老元年の遣唐使で行った留学生と見て間違いないだろう。遣唐使の中でも平安に入ってからのものは比較的記録が残っているが、奈良時代の遣唐使については続日本紀などに断片的に記録が残っているだけ。留学生についても、帰ってきて政治家や高僧として成功すれば伝記や紀行文の記録が残るが、若くして向こうに渡ったとすれば日本側の資料では「その他大勢」でしかなく、名前が残らないのも当然と言える。遣唐使の歴史を解明する上で、非常に重要な発見だ。
(10/10 22:04)
http://www.asahi.com/culture/update/1010/006.html
これは メッセージ 1 (korea_is_mini_japan さん)への返信です.
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>弥生文化は半島を経由して
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2004/10/10 22:54 投稿番号: [13704 / 49973]
島に渡ったモンゴル系の人たちが京都を中心に2000年前に作った文化だと知っています(間違いでしょうか)。
弥生文化は半島経由という誤解が一般にあるようだけど、弥生の源流は中国・江南地方というのがかなり定説に近い。
弥生時代の起源も、今までよりも500年古く、紀元前5世紀ではなくて、起源前10世紀とすべきだというのが最近の説だよ。(2003年5月20日読売朝刊、2004年8月27日、読売夕刊)。(歴史民族博物館の測定)。中国で言うと西周の時代に当たる。
縄文も単一ではなく、弥生も単一ではない。
原住民といってもどこかからや
2004/10/ 9 18:27
メッセージ: 8513 / 8592
アバターとは?
投稿者: harimau_pasifik
やって来た人々だからね。日本列島で発生したわけではないね。
「原日本人」をどうとらえるかの問題だね。
約1万年前に終わったビュルム氷期に日本列島にやってき始めたのはたしかでしょう。
3万年ほど前の初期モンゴロイド。
初期モンゴロイドよりも進化した山頂洞人、柳江人の子孫のほぼ2万年ほど前の到来(同時期にカラフト、北海道経由での別系統の到来)。これらの人が縄文人の祖先でしょう。
この後も、弥生の前に東南方面からの非弥生人の到来もあります。
縄文人も複合的でしょう。
弥生人も単系でないとするのは常識ですし。松本秀雄は、朝鮮人と日本人は祖先は異なるとしています。百済人が今の朝鮮人とどういう関係にあるのかも明確になっているわけではありません。
アイヌと南方日本人の染色体が同じというのは、埴原和郎の二重構造説ですね。
これは kaori0004 さんの 8510 に対する返信です
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
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それはあるでしょうね
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/10 22:52 投稿番号: [13703 / 49973]
>日本人は「忠」を大事にし、君主への忠誠心を強化することにより、発展が可能であったと考えます。
その辺を、満州国皇帝溥儀の弟の溥傑氏が、「日本は忠・孝一体になっている。これはいいと思った」と、著書の中で書いています。
溥傑氏も、日本留学時、満州でそれを採り入れたいと思ったわけです。
是非は別として、そこに原因を求めるのも可能かもしれませんね。
これは メッセージ 13702 (going_underground_1942 さん)への返信です.
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>>儒教の中でも朱子学は
投稿者: going_underground_1942 投稿日時: 2004/10/10 22:45 投稿番号: [13702 / 49973]
>朱子学は、日本でも将軍家斉の頃に、幕府がそれ以外の儒学を禁じました。
>でも、その後の違いは、一体何だったのか、これまた不思議です。
日本人は「忠」を大事にし、君主への忠誠心を強化することにより、発展が可能であったと考えます。
中国や朝鮮は「孝」などの儒教などが生活の隅々にまで浸透されており
親族を優先して要職へ付けたりすることなどの様々な弊害が社会に表れたがゆえに
近代化もまた難しかったかと。
これは メッセージ 13700 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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台湾は
投稿者: amityansukijp 投稿日時: 2004/10/10 22:34 投稿番号: [13701 / 49973]
トキではないかと。
ウルトラマンだか、ウルトラセブンとか仮面ライダーにもありましたな。ヒーローの偽物に化けて悪事を繰り返し、本物の評判を落とそうとする奴。
仮面ライダー(新)に出てきたドロリンゴという怪人は、砂のお城を壊したり、子供のアイスクリームを取り上げたりと、史上最低、最悪のことやらかしました。
これは メッセージ 13696 (japansenkakutakesima さん)への返信です.
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>儒教の中でも朱子学は
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/10 22:34 投稿番号: [13700 / 49973]
朱子学は、日本でも将軍家斉の頃に、幕府がそれ以外の儒学を禁じました。
でも、その後の違いは、一体何だったのか、これまた不思議です。
>上下関係をはっきりしなければ済まない傾向があります。
いわゆる「華夷秩序」というやつですが、中国南宋で生まれた時はあからさまに漢族と、それ以外の異民族をはっきり分けるものでしたが、日本だと、例えば吉田松陰は、「道理を弁えたものは華、弁えないものは夷」という風にも説いています。
無論、当時は外国船が頻繁に来航し、「夷」が異民族を意味したのも間違いはありませんが。
これは メッセージ 13697 (hakke_nnn さん)への返信です.
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>亜細亜サン
投稿者: asiacoffee777 投稿日時: 2004/10/10 22:28 投稿番号: [13698 / 49973]
>原始的なアメーバ煽りとみました。
へえ、そうなんですか?
私はてっきり捏造軍団と同レベルのアホかと思ってましたわ。w
>このタイプは結構面白いので、暇があったらレスすることにします。
そうでっか。
私はこの辺のアホの相手は御免こうむりますわ。
捏造かまして遁走してほかの話題をしれっとする人生の負け犬軍団の相手するほど暇じゃないし。
ただし、あんまり国賊的な発言の場合には啓蒙の意味もこめて投稿するかもしれまへん。
ん?
これは メッセージ 13669 (mekabouzuta152h1 さん)への返信です.
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儒教の中でも朱子学は
投稿者: hakke_nnn 投稿日時: 2004/10/10 22:25 投稿番号: [13697 / 49973]
上下関係をはっきりしなければ済まない傾向があります。
韓国ドラマの昨日の「美しき日々」でも医学生のおにいちゃんが社長の父親の宴会で目上の人に対する礼儀として顔をそむけて杯をあおぐシーンがありました。
これは メッセージ 13693 (going_underground_1942 さん)への返信です.
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とりあえず
投稿者: japansenkakutakesima 投稿日時: 2004/10/10 22:22 投稿番号: [13696 / 49973]
日本が兄か弟かはともかく
韓国の立場が「ジャギ」であることは決定事項ですね
日本は・・・やはり「トキ」でしょうか?
在日が海外で「アイムザパニーズ!」とやらかすのはまさしく「アミバ」そのものです。
となると台湾が「ケンシロウ」で支那が「ラオウ」・・・?
台湾が「ケンシロウ」なのはOKとして、支那に「ラオウ」役はもったいないな?
これは メッセージ 13689 (hakke_nnn さん)への返信です.
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>>韓国人は
投稿者: hakke_nnn 投稿日時: 2004/10/10 22:21 投稿番号: [13695 / 49973]
呉善花や韓国に住んでいた日本女性のエッセイとかでも出てくる話です。
わたしも知合いの日本在住の韓国女性から「弟が・・・」と言われ、
それが全然とのつながりのない留学生の男性だったことがありました。
これは メッセージ 13691 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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>>韓国人は
投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2004/10/10 22:21 投稿番号: [13694 / 49973]
> とにかく対等よりも、上下関係がハッキリしていた方が落ち着くんですかね。
α症候群?
これは メッセージ 13691 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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韓国人は
投稿者: going_underground_1942 投稿日時: 2004/10/10 22:18 投稿番号: [13693 / 49973]
儒教の「孝」を大事にしたんですよね。その弊害が今現れているわけで
そして日本人は「忠」を大事にしたわけですが
それが希薄になりつつあるようです。
それが良い事なのか悪い事なのかは分かりません。
あっさりと過去の価値観を捨てれる処が
韓国人と日本人の違いなのでしょうね。
執着するものと捨てるものとの違い。
これは メッセージ 13689 (hakke_nnn さん)への返信です.
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xaxbxc_jpさんは日本はどうでした?
投稿者: hakke_nnn 投稿日時: 2004/10/10 22:18 投稿番号: [13692 / 49973]
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
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>韓国人は
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/10 22:17 投稿番号: [13691 / 49973]
とにかく対等よりも、上下関係がハッキリしていた方が落ち着くんですかね。
○盧泰愚前大統領−90年5月の訪日時
「日本は兄の国、韓国は弟の国。劣ったものは力の強いものに対して嫉妬や羨望の感情を抱きやすいものだ」
これは メッセージ 13689 (hakke_nnn さん)への返信です.
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ちがうんじゃーねーの
投稿者: yellow_monkey_kozaru 投稿日時: 2004/10/10 22:14 投稿番号: [13690 / 49973]
>仲良くなる時に兄・弟・姉・妹という関係を作るんですよ。
そりゃー、
世界各地のクリスチャン文化じゃねーの?
これは メッセージ 13689 (hakke_nnn さん)への返信です.
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韓国人は
投稿者: hakke_nnn 投稿日時: 2004/10/10 22:12 投稿番号: [13689 / 49973]
他人同士でも、
仲良くなる時に兄・弟・姉・妹という関係を作るんですよ。
それはビジネスにおいても(共同経営とかで)しばしばあるらしいです。
関係を家族関係にあてはめると落ち着くのが韓国人です。
韓国はよく日本を「弟」の国と言いますが、
でも国家間を家族関係に無理やり当てはめるのには無理があると日本はきっぱり言うべきですね。
これは メッセージ 13681 (ddg_yamayuki さん)への返信です.
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あらららら
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/10 22:03 投稿番号: [13688 / 49973]
これは メッセージ 13686 (japansenkakutakesima さん)への返信です.
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>遺伝学的に見た日本人
投稿者: going_underground_1942 投稿日時: 2004/10/10 21:55 投稿番号: [13687 / 49973]
>2000年という長い間、縄文人と弥生人が混ぜられ、今の日本人の人類学的な特徴が生じたと思うんですけど
東北アイヌなどの血もたっぷりと混ざっていますよ。
日本人は中国人に白いとも言われますし、稀に彫が深い人もいます。
見当違いだと考えられますよ。
>私は韓国人と日本人がお互いに嫌がってるのは遺伝子学的に当たり前だと思います。
人を嫌う理由が遺伝子にあるという考え方は、多くの韓国人も同じ考え方なのでしょうか?ハテナです。
>それに、世界各国から来た人たちと話をしてみると共通する何かがありますけど、日本人にはないのが分かりました。よく言うと日本人はユニークで、悪く言うと変です。
お互い様じゃないでしょうか。
日本文明は世界に寄与するものを所有していると考えられますが
韓国にそれと同じ様に世界に寄与される文化がありますでしょうか?
>嫌いな国で勉強をしている
こうゆう魂胆じゃ、日本人学生に歓迎されないし、上手くいくわけないですよね。米国や中国への留学の方が上手く行ったかも知れませんよ。
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
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xaxbxc_jpさん
投稿者: japansenkakutakesima 投稿日時: 2004/10/10 21:55 投稿番号: [13686 / 49973]
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/13686.html
さすがです。 そのご意見に一票
投稿者: goemonkamayude 投稿日時: 2004/10/10 21:48 投稿番号: [13685 / 49973]
私は互いに
他人
であるという意識が新たな「友好的な」日韓交流を生み出すと思っています。
これは メッセージ 13681 (ddg_yamayuki さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/13685.html
せっかく日本に留学してるんなら
投稿者: onbinni710 投稿日時: 2004/10/10 21:46 投稿番号: [13684 / 49973]
ちょっとはまともな歴史も学んでくださいね。
というか明らかな釣りかなぁ、まぁいいけど。
後半数行は「なら来るな」と言わせたいだけの文としか思えない(笑)
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/13684.html
>逃げても逃げ切れないぞ。
投稿者: aka6pin 投稿日時: 2004/10/10 21:40 投稿番号: [13683 / 49973]
それが、洗脳の第一歩か?
そうだろうなー。生前は多額の寄付を強要し、死んでは葬式の香典をすべて”故人の意思”として、又巻き上げるためには、その程度の嘘は必要だわな。
つまり、銭のためなら何でもありか、学会は。
これは メッセージ 13673 (tachstone さん)への返信です.
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こんばんは
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/10/10 21:39 投稿番号: [13682 / 49973]
>韓国から来た留学生(?)です。
「?」なんですか?
>縄文文化は東南アジア系人による文化で
それもありますが、人骨のDNAでは、バイカル湖周辺のブリヤート族と酷似しているので、両方あるでしょう。
現在の日本人も、それに近いと、Gm遺伝子の調査結果は出ていますが、専門家ではないので、なんとも言えません。
>弥生文化は半島を経由して島に渡ったモンゴル系の人たちが京都を中心に2000年前に作った文化だと知っています(間違いでしょうか)。
まず、「京都」は、西暦794年に首都になったので、その部分は間違いです。
弥生系は、様々なのです。九州にいた「ヤマト系」は、中国の『晋書』では、「呉の太伯の子孫」と称しています。彼らの言葉の多くが、今も使われていて、風習も残っています。
「自謂太伯之後」(『晋書』倭人伝)
それはそうと、韓国人こそ、そのルーツは何なのですか?
>2000年前の弥生人と1300年前の新羅による三国体制の崩壊後の百済などからの流民、それに壬辰倭乱(文祿慶長の役)の時豊臣秀吉軍が拉致して来た50000人の朝鮮人など、日本人の遺伝子プールにモンゴロイドの遺伝子が合間なく注入されたと思います。
え? 日本では、縄文以来、モンゴロイドですよ。
また、彼らは全てこの国で「日本人」として生きてきた。
それは韓国でも同じでしょう。半島南部に倭人が住んでいた事は、『魏志韓伝』にも書いてあります。
また、百済にも倭人官僚が多数いましたし、新羅も多数倭国軍に攻められているからには、結局どっちも混ざり合っているんです。お分かり頂けますよね?
http://mytown.asahi.com/shimane/news01.asp?kiji=4543>私がこんな長い文をわざわざ書くのは、日本人の悪口を言うためでもないし、ただ、何か学ぶところはないかとわざわざ来た国での感想書きたかっただけです。
卒業まで数年が残った現時点で、日本人ととっても合わなくて悲しい日々を過ごしていますけど、本音と建て前という感情の新しい表現方を学び、人の前ではニコニコし、こんなところではこんな文を書きます。
直接会って、無闇にいがみ合ってエネルギーを浪費したいですか?
「それも一面、これも一面」。
他の国々でも、まさか面と向かって相手が嫌がる事を言いますか?
>嫌いな国で勉強をしている、矛盾にぶつかった人からの長い文読んで下さってありがとうございました。
嫌いな国で、大金を使って勉強する必要は無いと思いますが、如何なものでしょうか?
これは嫌味ではなく、率直な疑問です。
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/13682.html
xaxbxc_jpさん
投稿者: ddg_yamayuki 投稿日時: 2004/10/10 21:33 投稿番号: [13681 / 49973]
日本人のルーツや遺伝の云々をほざくに、朝鮮のルーツでも考えたらいかがですか?
現代日本人のルーツに半島から渡って来た渡来人がいることを誰も否定していません。仮に今の日本人の先祖が全員半島系と仮定しても、日本と南北朝鮮は別国家です。朝鮮人が日本や日本人にどのようなイメージを持っているかは存じませんが、お互い「外国」である事を認識なさって下さい。
日本と朝鮮は兄弟国でも何でもありません。アカの他人の国です。
これは メッセージ 13680 (xaxbxc_jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2bg4bf7de_1/13681.html
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