>友永大尉も大分県
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/09/06 12:31 投稿番号: [7485 / 49973]
レス有り難う御座います。
>軍のサルファー剤を肺炎で死にかかっている高橋の子供のために分けてくれ、と高橋の家庭医が高橋に頼んでも、高橋は、この薬は陛下の将兵のためのもの、自分の子供のためのものではない、といって断って自分の子供を死なせる話、などは当時の日本軍人のストイシズムがあらわれていますね。
高橋赫一少佐の事を、渕田大佐は「あいつはお脳が弱いネン。ワシの信号弾を間違えよった」などと、雷撃→急降下爆撃の順番を間違えた高橋少佐の事を罵っていましたが、それは冤罪。
実際は、信号弾の一発目を見逃した雷撃隊の村田重治少佐のミス。
高橋少佐は慎重な人で、珊瑚海海戦の時も、「敵空母撃沈」の電報を一旦取り消して確認し直したほどの人でした。
>226事件で自決した野中四郎大尉の弟さん、五郎氏のこともでてきますね。鹿屋の五郎氏は兄の遺影を肌身離さずもっていたとか。
野中兄弟は東京出身でしたね。
五郎が霞ヶ浦で飛行学生だった頃に2.26事件が勃発し、五郎は司令に「私が上京して兄(四郎)を説得してくる」と談判したが、許可されなかったとか。
これは メッセージ 7465 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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