>>>>>なんかそこのところが、
投稿者: mrmc1964 投稿日時: 2003/09/02 23:47 投稿番号: [7399 / 49973]
「戦前の日本人はあまねく平和の尊さを知っており、民主主義の社会であって、民意が国家の意思決定に反映されており、国民は日本の置かれた状況を正確に知らされており、その認識に基づいてすすんで戦争におもむいた」
というのを論証してくれるというので興味津々で読んだのですが、失礼ながら、薄っぺらい議論に思えました。
>平和の尊さは,僕たちよりも,肉親を日清戦争日露戦争で亡くしている
彼らの方が身に沁みて知ってます.でなければ,三国干渉の時点でとっ
くに戦争になってますよ.日本はやる気満々で大東亜戦争に突入した
わけではありません.
東京の住人は頭上にナパーム弾をばらまかれたら何が起こるかを、沖縄の住人は米軍の上陸作戦がどんなに惨劇をたらすかを、なかんずく、広島と長崎の住民は原爆に焼かれることの何たるかをわかっていたんでしょうか。その上で、なお、開戦やむなしと、判断したのですか。
こうした悲惨な体験が戦後の日本社会の底流にいつもあって、日本の進路に無視できない影響を与え続けたことは疑いがありません。だから、u26699jpさんが、「「平和の尊さ」、、ちゅうか、国権を発動することの慎重さを身につけた」ことが戦争から学んだことだと言った時、それを卓見だと評価したわけです。日清であろうと日露であろうと悲惨でない戦争などあるはずもありません。しかし、多くの日本人は、戦争の悲惨さと平和の尊さを、先の戦争に負けることで身にしみて学んだんだと思いますね。
>また,日本に政党政治が確立したのは大正時代です.当然のことながら,
その後は民主主義社会です.当時,軍の力が強くなっていった理由は,
軍が民衆の支持を集め始めたからです.逆に言うと,民主主義社会じゃ
なければ,軍部の台頭も無かったと思います.同じことはドイツにも
言えます.ヒトラーが台頭してきた事実は,ドイツで議会制民主主義が
機能していた証拠となります
民主主義というのは、民主主義に敵対する者の権利さえも保証しなければならない危ういシステムです。だから、民主主義から非民主主義が生まれることもあり得ます。まあ、大正「民主主義」が民主主義の要件を満たしていたかは別の話ですがね。民主主義は、なにより社会を構成する個々の人間の政治への参加の権利の保証と、それに相応しい個の確立が必要なわけです。そのためには、思想信条の自由、学問の自由、報道の自由、政治活動の自由等々、が確保されなければなりません。
>開戦も民意を反映していましたね.アサヒビールの会長だった中条
高徳さんは,著書「おじいちゃん戦争のこと教えて」の中で,当時
小学生であった自分でさえ,10 月の日米交渉決裂のニュースを聞いて,
これで日本は対米戦争を避けられなくなった,と覚悟したと書いて
います.
まあ、中学生であろうが、小学生であろうがかまいませんが、この高徳さんは、当時の日米の国力の差を、政府が把握するのと同等のレベルで把握し、負けると分かった戦争に突入したという認識をもっていたのでしょうか。あるいは、一般の国民は、最終的に負けることを覚悟しつつ、真珠湾の戦果に拍手喝采をしたのでしょうか。
というのを論証してくれるというので興味津々で読んだのですが、失礼ながら、薄っぺらい議論に思えました。
>平和の尊さは,僕たちよりも,肉親を日清戦争日露戦争で亡くしている
彼らの方が身に沁みて知ってます.でなければ,三国干渉の時点でとっ
くに戦争になってますよ.日本はやる気満々で大東亜戦争に突入した
わけではありません.
東京の住人は頭上にナパーム弾をばらまかれたら何が起こるかを、沖縄の住人は米軍の上陸作戦がどんなに惨劇をたらすかを、なかんずく、広島と長崎の住民は原爆に焼かれることの何たるかをわかっていたんでしょうか。その上で、なお、開戦やむなしと、判断したのですか。
こうした悲惨な体験が戦後の日本社会の底流にいつもあって、日本の進路に無視できない影響を与え続けたことは疑いがありません。だから、u26699jpさんが、「「平和の尊さ」、、ちゅうか、国権を発動することの慎重さを身につけた」ことが戦争から学んだことだと言った時、それを卓見だと評価したわけです。日清であろうと日露であろうと悲惨でない戦争などあるはずもありません。しかし、多くの日本人は、戦争の悲惨さと平和の尊さを、先の戦争に負けることで身にしみて学んだんだと思いますね。
>また,日本に政党政治が確立したのは大正時代です.当然のことながら,
その後は民主主義社会です.当時,軍の力が強くなっていった理由は,
軍が民衆の支持を集め始めたからです.逆に言うと,民主主義社会じゃ
なければ,軍部の台頭も無かったと思います.同じことはドイツにも
言えます.ヒトラーが台頭してきた事実は,ドイツで議会制民主主義が
機能していた証拠となります
民主主義というのは、民主主義に敵対する者の権利さえも保証しなければならない危ういシステムです。だから、民主主義から非民主主義が生まれることもあり得ます。まあ、大正「民主主義」が民主主義の要件を満たしていたかは別の話ですがね。民主主義は、なにより社会を構成する個々の人間の政治への参加の権利の保証と、それに相応しい個の確立が必要なわけです。そのためには、思想信条の自由、学問の自由、報道の自由、政治活動の自由等々、が確保されなければなりません。
>開戦も民意を反映していましたね.アサヒビールの会長だった中条
高徳さんは,著書「おじいちゃん戦争のこと教えて」の中で,当時
小学生であった自分でさえ,10 月の日米交渉決裂のニュースを聞いて,
これで日本は対米戦争を避けられなくなった,と覚悟したと書いて
います.
まあ、中学生であろうが、小学生であろうがかまいませんが、この高徳さんは、当時の日米の国力の差を、政府が把握するのと同等のレベルで把握し、負けると分かった戦争に突入したという認識をもっていたのでしょうか。あるいは、一般の国民は、最終的に負けることを覚悟しつつ、真珠湾の戦果に拍手喝采をしたのでしょうか。
これは メッセージ 7371 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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