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いや、100%元、高麗軍の負けですね

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/05/02 01:22 投稿番号: [4330 / 49973]
>二度目は、だからこそ台風の時期をずらしたのに、例年より早く来た気候の気まぐれが幸いしたらしいですね。。

  史実はそうではなく、石塁に立てこもった日本軍が何ケ月も上陸を許さなかったから、低気圧にぶち当たってしまったのです。
  つまり、たまたま低気圧がきたのではなく、日本軍が上陸を許さなかったために、通常起こりえるとおりに低気圧が来て必然的に壊滅したのです。
  これは日本軍の戦略の勝利でした。

>集団戦術を知らぬ一騎駆けではどうでしょうか…。集団で攻撃する概念が無いものがそう簡単に戦時中に転換できるものでしょうか…。

  弘安の役では日本軍は戦術を一新し、集団戦法をとっていました。
  ここに戦術上の革命があったのです。
  歩兵中心の集団戦法では騎馬中心の進退が自由な日本軍の集団戦法にはとうてい及びませんでした。
  事実、運良く上陸した敵は惨敗を喫しております。

  つまり日本軍は、大陸で蒙古軍がとっていたのと同じ戦略思想で、機動騎馬兵を中心とし、兵力の集中が可能だったのです。
  逆に蒙古軍は、大陸で歩兵中心の敵兵と同じ立場になってしまったのです。
  つまり「攻守所を変えた」のです。

  仮に蒙古、高麗、南宋の全軍14万人が首尾良く上陸しても、しょせん歩兵ですから、騎馬中心の10万人の日本軍の機動部隊の前には手も足も出なかったでしょう。

  当時の馬は今日の戦車ほどの威力があったのです。
  馬を船で運べなかった時点で、侵攻軍の負けですね。

>補給線の話ですが、兵法には戦場で自給(略奪)する術が述べられているように

  矢一本とってみても、日本軍の兵器とは規格が異なるのです。
  戦利品では戦力にはなりません。
  食糧を略奪するためには「勝ち続ける」という前提が必要です。
  その前提条件が歩兵中心の軍団では満たされないということです。

  文永の役ならば蒙古軍は勝ち続けることができたでしょう。
  ところが一度、戦訓を積んだ日本軍は文永の役とは似ても似つかぬ近代的な軍団に変貌したということなのです。

  近代の日本は北条時宗の建てた極めて合理的な戦略を本質的に理解しなかったことが、太平洋戦争の敗北につながったと思います。
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