kuuboakagi00様へ
投稿者: nishina3777 投稿日時: 2003/04/28 22:46 投稿番号: [4045 / 49973]
赤城様、お返事遅れまして申し訳ありません。ここのところ仕事が忙しく、時間がとれませんでした。すみませんでした。
私は日本近現代史を専門的に勉強したわけではないので、詳しいことは言えませんが、ここ十年くらいから、日本政治史研究で「ファシズム」という言葉はあまり使われていないようです。ソ連崩壊が影響しているのでしょうか?
「ファッショ勢力」についても、現在は「革新勢力」という言い方をするようです。(第一グループの桜会など、全然「ファッショ」じゃないですし。)
皇道派、統制派という言葉はかなり誤解を招きやすい名称ですね。「皇道」なんていうと、ちょっと神がかったような狂信的なイメージを持たれやすいのですが、もともと陸軍反長州閥(九州閥)が前身のエリートが多く、鈴木率道みたいに天皇を軽んじていたりする人も多かったりします。
片や統制派といっても、ご指摘の通り、単に皇道派ではないと言うだけで、実態はなかったりします。大アジア主義にいかれた人も多いし。字面は一糸乱れぬ鉄の組織、みたいな感じですけどね。
あのころの右翼、左翼、軍部、政党の関わりは、教科書に書いてあるような明確な区切りがあるわけではないですね。
十月事件の時は第1グループが中心となって、第2、第3グループも参加、その時に第2、第3グループが合同会議を持ちました。十月事件の後、親陸軍の犬養政友党単独内閣(荒木貞夫陸相)ができると、第2グループは満足し、荒木大将首班の次期政友党内閣を予定していましたが、第3グループは直接行動による第1革命を起こし、第2グループによる第2革命へとつなげるために犬養首相を暗殺しました。なんだか連携が悪いです。
天皇機関説への攻撃が永田鉄山の排斥をめざすものだったり、「右翼」の巨頭、北一輝が「左翼」の巨魁、大杉栄と親しかったり、なかなか複雑です。うちの祖父も嘘かホントか、2.26で捕まりかけたみたいですけれど、いったいどんなポジションにいたのだか、さっぱりわかりません。
これは メッセージ 3884 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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