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Re: 無駄な公共事業や官僚の経費無駄使い

投稿者: sinsei_yamatoteikoku_v1 投稿日時: 2006/07/30 14:35 投稿番号: [33587 / 49973]
  詳しい説明をどうも、

>「太閤検地」の村高をそのまま幕末まで使用したので、その後新規開拓しても村高が変わらなかった事と。
(実際、七百石生産したのに、村高五百石だから年貢四割として二百石。実際は二割八分五厘、なんて事は、普通にあったようで)
他の農産物、麦、大豆、菜種とかを米の生産量に換算すると、米で四割でも、全体では二割ほどになります。


  ということはつまり、カタログ値以上に日本のGDPは高かったということですね。
  江戸時代は役人の数が少なく、したがって、役人にかける人件費も少なく、幕府は健全財政だったことがわかります。
  役人は、商人から賄賂を貰っていたそうですが、賄賂を貰う時には几帳面に領収書を出していたそうですね。
  下級武士の生活は苦しく、幕府や藩は一時金の支給まではできなかったそうなので、今で言うところのボーナスを賄賂という形で「民活」で賄っていたそうです。
  もちろんボーナスがわりですから、そこにはおのずと「上限」があったわけですが。

  財政支出を切りつめて、したがって農民の生活にもある程度のゆとりがあり、だから百姓でも寺子屋に通って識字能力を養うことができたのでしょう。

  江戸時代が260年も続いていたのはこういった「約束事」をきちんと守るという風土があったからでしょう。

  江戸時代に人口がほとんど変わらなかったシステムについては、間引きとかいろいろ言われていますが、実際はそのような形は少なく、農村の余剰人口を都市に奉公人として送り出し、その奉公人が子孫を作らないまま都市で一生を終えたことが普通だったそうです。

  ここに詳しく書かれています。

  http://www.nagaitosiya.com/a/population.html

  江戸時代も人口対策は深刻だったようで、限られた土地生産性のもとで、間引きなどという野蛮な方法は極力避けながら人口を抑制する工夫があったわけです。

  つまり農村から百姓が都市へ出ることが必ずしも禁止されていたわけではなく、余剰人口の解消策として次男坊なんかは都市へ出て行って労働力の担い手となっていくことが許され、子孫を作ることはできないけれども、都市で一生を終える道があったわけです。
  当時も間引きは野蛮だと考えられていたことがこれでわかります。

  実に巧妙な、うまい解決策でしたね。

  こうしてみると、江戸時代はなにからなにまで効率よくシステム化され、人々は一定の約束事を守りながらほどほどの幸せの中で暮らしていたことがわかります。

  明治時代になって西欧的な契約概念や工業化に伴う、農村から都市への人口の移動が余儀なくされても、人々はそんなに違和感はなかったのでしょう。

  今までやってきたことですから。
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