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訳出

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/05/15 23:48 投稿番号: [32563 / 49973]
エタという職業的グループの起源についてはよく分からない。広く信じられている説はこうである。土着の神道の考えの中に既に存在していた穢れの思想が変容を受ける一方で、動物の殺害や肉食に伴う仏教の思想によってそれが強められた、と。

有史以前に遡る土着の信仰では、血と死にかかわる穢れとそれを避ける儀式が強調された。屠殺業は世襲の特殊グループの行なうある種の儀式と結びついていた。これらの儀式に従事する者;子供の出産や疾病や死に係わる者;殺された動物を使った製品を扱う者などは社会的差別を受けた。

肉食に対するタブーは、神道と仏教の融合が一応完成した8世紀までに存在するようになっていた。8世紀の律令で、通常の人間とある種の職業についている奴隷の通婚が禁じられた。後に、詔勅でこのような奴隷は禁止されたが、ある種の職業にまとわる汚れという特質についての人々の態度が婚姻上の権利剥奪を強めることになり、またそのような職業に従事している同族内での通婚のみが行なわれることになった。

平安時代の記録によると、朝廷の直接の支配下にない農民や職人ギルドの一つであるカキベ(部曲)の中のある種の人間が、墓守(死者と接触する)、鳥飼(動物の世話をする)のような「下賎な職業」に従事した。ある説では、エタという言葉はエトリ(貴族の鷹狩に使われる鷹の世話人)から来ているという。が、その語源は証明されたわけではなく、多分これは俗話であろう。清め(を必用とする人々)と言葉も、13世紀の記録によると、道路清掃人、井戸掘り、寺での仕事に回された職人などを意味する場合に、エタと互換的につかわれていたが、その頻度はエタよりもすくなかった。

徳川時代近くになると、エタなる言葉は賎民の二つのカテゴリーたる非人とそれほど差別なくつかわれていた。室町後期に現れ始めた城下町には、その周りに、それまでの伝統的なカースト外の職業の人々に加え、よろい作り、かご作り、楽器作りに従事するカースト外の人々の集落があった。

(原文は日本人の書いた文を英語に直したと思われる)。

(よろい作りの人々がカースト外の職業の人々であったこと、およびそのよろいを着ける武士も貴族にとっては一種賎しい身分とされていたということについては、伊沢元彦・穢れと茶碗・祥伝社)。

職業による差別、特に中世ヨーロッパにおける死刑執行人とその家族に対する差別については、刑吏の社会史・中央公論新書)。
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