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angrykoreanさんへ9

投稿者: CDU_CSU 投稿日時: 2003/04/15 01:53 投稿番号: [3247 / 49973]
つづき

この改革失敗は日本を大変失望させた。それまで日本では日本が中国・朝鮮を助けて近代化させ
三国で欧米帝国主義に対抗しようという考えがかなり支持されていたがこの事件でアジアの改革を邪魔するのは
欧米でなく中国・朝鮮自身であることが明白となったからである。この後福沢諭吉が脱亜論
で述べたように日本は中国や朝鮮といった悪い友人とのつきあいはやめるべきといった
考えが出現するようになり日本政府も朝鮮に自己改革能力は無いから日本が直接統治して
近代化を達成する道を考えるようになっていった。
そして1894年閔妃と事大党による搾取圧政と貧困に耐えきれなくなった民衆は東学という
新興宗教の指導者、全(王+奉)準にひきいられ政府打倒をめざし反乱をおこした。(甲午農民戦争)
これを独力で鎮圧する力のなかった閔妃は清に援軍を要請した。清が朝鮮に出兵すると日本は
朝鮮から清の影響を排除して日本主導で朝鮮近代化を達成するため清の天津条約違反を理由に
清に戦いを挑んだ。(日清戦争)
近代的な日本軍に対し、弓矢や火縄銃で武装した清軍が勝てるはずも無く翌95年には日本が
勝利した。
清を朝鮮から追い払った日本は朝鮮公使、井上馨の指導で朝鮮の本格的な改革に着手した。
改革の内容は、朝鮮は喜んで中国の属国になるような奴隷根性を捨て清(中国)から独立すること、
両班貴族の特権をとりあげ奴隷を解放して平等な社会をつくること、役人のワイロや農民の
財産をまきあげるといった汚職を根絶することといった朝鮮の近代化に無くてはならないもの
であった。
自分達の特権を奪われたくない閔妃派は改革に抵抗し国王、高宗は仮病で公務を休む
始末だった。しかし井上馨は嫌がる高宗を歴代国王の墓所につれて行き先祖と百官の前で
改革を誓わせた。(乙未改革)
これに対し閔妃は近代化を拒否し自分達の利益を守るためロシアの助けをもとめた。
ロシア朝鮮公使ウエーバーは朝鮮の近代化を遅らせて弱小国のままのほうがロシアの朝鮮侵略と植民地化
には好都合と判断し閔妃と高宗を支持し彼らをロシア公使館にかくまうという事件がおこった。
そして日本は朝鮮の近代化にあくまで反対する閔妃の排除を決断し1895年に閔妃暗殺事件
をおこしたのである。その後日本は日露戦争の勝利によりロシアを排除し朝鮮を植民地化した。
  こうして見てくると朝鮮近代史は専制王制を守ろうとした閔妃、高宗、事大党、清と近代化を
進めようとした日本(もちろん朝鮮のためではなく日本の国益のためである)、金玉均などの改革派の戦いの歴史であったといえる。そのなかで閔妃は
自らの権力を守るため日本、清、ロシアところころと同盟相手を変え謀略・策略に溺れ、
そのために命を落とす事となったと言える。
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