議論をする時の姿勢・態度
投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2004/11/21 11:24 投稿番号: [15727 / 49973]
私は、まだ“貴方の主張”を判定していません。
なぜならば、私にはまだ“貴方の主張”を正確には理解出来ていません。
その理由は、私が読んでいる“貴方の文章”は、日本語として正確では無い部分が有るからです。
これは、決して“意地悪”で言うわけではありません。きっと、“翻訳機”を使っているためでしょう。
一般論ですが、間違った資料に基づいて判断すると、その“判断”も“間違い”になる危険性があります。
“間違った判断”をしてしまうと、韓日双方が“不利益”を被ります。
“正しい判断・判定”をするためには、より多くの資料を吟味して、“不正な資料”は排除して、冷静に客観的な評価をしなければなりません。
相手の“落ち度”を指摘し批判する場合、その“不当性”を認識させうる“証拠・資料”が必要です。
貴方は、
「これ以上何の資料が必要ですか?もう日本人たちもそれ位は数えきれなく
立ち入ってよく分かっているんじゃないですか?」と言われますが、私はまだ何も見ていません。
私は、まだ何も見ていないので、判断・判定ができません。
ですから、「朝鮮人たちは日製併合時代 2位市民の取り扱いだったし大部分は日本人たちより悪條件の中で賃金滞払あるいは安物の価格で徴用されるとか扱き使われた」ことを明確に確認できる資料を見たいのです。
何故ならば、この掲示板に参加している多くの日本人は「朝鮮半島は“日帝統治”によって“李氏朝鮮”時代よりも豊かになった」ことを知っているからです。
“他人の世話”になって、前よりも良くなったのに、文句を言うとは、いったい何事でしょうか?
これが、“多くの普通の日本人の意識”です。
私は、前の“メッセージ”には、この“日本人の意識”は、書きませんでした。
それは、議論を“0(ゼロ)”から始めて見たいと思ったからです。
“資料の提示”を要望したのは、そのためです。
これは メッセージ 15725 (pyeongyang_kim さん)への返信です.
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