火病の旅 関が原
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2004/08/31 16:45 投稿番号: [1000 / 15709]
安土城を後にして八号線を北上、米原から二十一号線を東へ。
ほどなく関が原。
天下分け目の関が原。
戦火に燃え狂ったのははるか四百余年前。
当時死に物狂いで戦った兵士たちの精神状態は想像すらできません。
安易に火病に逃避する朝鮮人には理解のできない世界ではないでしょうか。
しかしその一方で謀略と裏切りに満ちた裏側には、朝鮮人に通じる何事かも感じさせます。
街に到着です。
バイクで二十一号線から外れ一休み。
地べたに立ったその目線からは、ここが戦火に塗れた関が原だとは思えません。
普通の田舎町です。
現地に行けば地形なりが理解できるかと思ったものの、俯瞰して見られるわけでもなく
素人目にはどこがどこだかさっぱりです(苦)
ようやく街を過ぎようかと言う辺りに桃配山が見えてきました。
家康が開戦時に陣取った丘です。
ここに登りようやく全景が見渡せます。
やはり地べたにいては足軽の目線にしかなれません、当時戦況把握も出来なかったでしょう。
時間があれば近くの山にでも登るのですが、そこまでの余裕はありませんでした。
家康が座り地図を開いたという石がありました。
すぐ近くを新幹線と名神高速が走っています。
現代の今でも交通の要衝なのですね。
それ以外はとても気持ちの良い街でした。
う〜む、また朝鮮人につける薬のことなど忘れている委員長でした。
たんなる旅日記と化しています(笑)
これは メッセージ 999 (guiseinoyuu さん)への返信です.
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