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Marshal Tito

投稿者: gades_pluton_1930 投稿日時: 2004/05/30 00:28 投稿番号: [1888 / 6946]
> キリル系の語学というと旧ユーゴスラビア大統領チトーが思い浮かびます。
> チトーは国家元首には珍しく多言語を操る才能の持ち主でありました。

チトー(1892-1980、本名は Josip Broz)が、
語学の達人であったとは、初めて知りました。

> スラブ系の語学だけでもスロベニア語、クロアチア語、ロシア語、キルギス語を話し、
> それ以外にもチェコ語、ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語をマスターしていました。

彼はクロアチア人ですから(セルビア人だとよく勘違いされているようですが)、
クロアチア語(セルボ・クロアチア語)が彼の母語ですね。
ユーゴスラビアの地理的位置から判断して、
上記の言語が話せたというのは分からないこともないですが、一点だけ疑問。

キルギス語が話せたというのは、本当ですか?
この言語は、ロシア語から語彙が大量に流入したとはいえ、
中央アジアのチュルク語系の言語(トルコ語の仲間)ですからねえ。
チトーがどうやってマスターしたのか、興味があります。

ところで。
チトーが死去した際に、
彼の葬儀の模様がNHKテレビで報道されていたのを覚えています。
(まだ私は幼かったですが。)
ベオグラード市民が、チトーの棺が運ばれていくのに向かって、
各個人が自分の思いのままに、哀悼の意を示していたのが印象的でした。

ハンカチを無言で振る人、
泣きながら棺に向かって叫ぶ人、
軍隊式の敬礼をする人など・・・。
今にして思えば、一般庶民のリアクションが変に統一された旧ソ連の指導者や金日成の葬儀の際とは、
全く異なる雰囲気でした。
彼が、国民に敬愛された指導者であったのは、間違いないでしょう。

ご存じの通り、チトーの死後、十年余りを経て、ユーゴスラビア連邦は解体し、
1990年代は旧ユーゴ各地で民族紛争が続きました。
社会主義体制はともかくとして、
多民族間の協調を呼びかけ続けたチトーの精神が、
バルカン半島で見直される日が必ずくると、私は思っています。


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投稿者: shibural7 (1歳/男性/kr)
良く周りから言われるが、
私の顔はポール ニューマンに似ってて
彼に負けない位美しい瞳持ってるんですて。
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