Re: 中国の「終わり」の始まり
投稿者: dennsizunou 投稿日時: 2008/09/30 10:38 投稿番号: [69 / 130]
ようやく「漢民族の」オリンピックが終わった。第29回北京オリンピックは、第11回ベルリンオリンピック(1936年)とともに、歴史に名を残すだろう。もちろん汚名である。
「民族の祭典」と銘打ってベルリンオリンピックを開催したナチスドイツは、3年後の1939年にユダヤ人の強制収容所を建設し、1941年に大虐殺を始めた。「一つの世界、一つの夢」をスローガンとして北京オリンピックを開催した中国は、開催中の8月18日に140人のチベット人を虐殺したと伝えられている。
ベルリンオリンピック、北京オリンピックで明らかになったのは、民族問題を抱える国でのオリンピックの開催が極めて危険だと言うことだ。その国を支配する民族は、他民族との衝突を国内問題とし、他国の干渉を許さない。開催地選定委員会で詭弁(きべん)を弄(ろう)して開催にこぎ着けた後は、対立する民族を隔離し、圧殺し、うわべだけの平穏を取り繕う。オリンピックを見守る他国の人々も、報道規制によってその卑劣な誘導に踊らされる。崇高であるはずのオリンピックを、国内問題の封印に使い、愚かなお祭り騒ぎに貶(おとし)めた責任は途方もなく重い。
「一つの世界、一つの夢」とは、よく言ったものだと思う。民族や宗教や人種の違いを超えて、人々が平和を夢見て集うことをスローガンとしたのだと、誰もが思っていた。しかし、中国が言う「一つの世界、一つの夢」とは、中国政府の意にそぐわない邪魔者を抹殺して都合のいい世界を構築し、不都合な事を隠蔽(いんぺい)して束(つか)の間の幻想を中国国内に見せることだったのだ。
開会式で、中国の少数民族の伝統衣装を着せた漢民族の子供たちを歩かせたのが象徴的だ。演出を超えて、民族浄化キャンペーンの一環だとしか言いようがない。チベット人の民族衣装を着た漢民族の子供を、世界中のチベット人たちはどう見たのだろうか。その心中を思うとき、言葉にならない怒りを覚える。その茶番を、世界各国の首脳が嬉々(きき)として見ていて、しかも事実が明らかになった後も批判しないというのだから救いようが無い。
中国は、オリンピック開催によって瓦解(がかい)への道を歩み始めている。猛烈な経済格差と人権・民族問題、急激な経済発展に伴う公害で国内に充満している鬱屈(うっくつ)は、オリンピックという大イベントに誘導されて、辛うじて押さえられてきた。オリンピックが終わった今、行き場を失った民衆のエネルギーは中国政府への批判となって爆発するだろう。その時、武力によって革命を達成し、武力によって社会の不満を押さえつけてきた中国共産党政府は、武力では社会が維持できないことを思い知る。チベット人を、ウイグル人を、モンゴル人を圧殺してきた報いを受けるべき時が来たのだ。
「民族の祭典」と銘打ってベルリンオリンピックを開催したナチスドイツは、3年後の1939年にユダヤ人の強制収容所を建設し、1941年に大虐殺を始めた。「一つの世界、一つの夢」をスローガンとして北京オリンピックを開催した中国は、開催中の8月18日に140人のチベット人を虐殺したと伝えられている。
ベルリンオリンピック、北京オリンピックで明らかになったのは、民族問題を抱える国でのオリンピックの開催が極めて危険だと言うことだ。その国を支配する民族は、他民族との衝突を国内問題とし、他国の干渉を許さない。開催地選定委員会で詭弁(きべん)を弄(ろう)して開催にこぎ着けた後は、対立する民族を隔離し、圧殺し、うわべだけの平穏を取り繕う。オリンピックを見守る他国の人々も、報道規制によってその卑劣な誘導に踊らされる。崇高であるはずのオリンピックを、国内問題の封印に使い、愚かなお祭り騒ぎに貶(おとし)めた責任は途方もなく重い。
「一つの世界、一つの夢」とは、よく言ったものだと思う。民族や宗教や人種の違いを超えて、人々が平和を夢見て集うことをスローガンとしたのだと、誰もが思っていた。しかし、中国が言う「一つの世界、一つの夢」とは、中国政府の意にそぐわない邪魔者を抹殺して都合のいい世界を構築し、不都合な事を隠蔽(いんぺい)して束(つか)の間の幻想を中国国内に見せることだったのだ。
開会式で、中国の少数民族の伝統衣装を着せた漢民族の子供たちを歩かせたのが象徴的だ。演出を超えて、民族浄化キャンペーンの一環だとしか言いようがない。チベット人の民族衣装を着た漢民族の子供を、世界中のチベット人たちはどう見たのだろうか。その心中を思うとき、言葉にならない怒りを覚える。その茶番を、世界各国の首脳が嬉々(きき)として見ていて、しかも事実が明らかになった後も批判しないというのだから救いようが無い。
中国は、オリンピック開催によって瓦解(がかい)への道を歩み始めている。猛烈な経済格差と人権・民族問題、急激な経済発展に伴う公害で国内に充満している鬱屈(うっくつ)は、オリンピックという大イベントに誘導されて、辛うじて押さえられてきた。オリンピックが終わった今、行き場を失った民衆のエネルギーは中国政府への批判となって爆発するだろう。その時、武力によって革命を達成し、武力によって社会の不満を押さえつけてきた中国共産党政府は、武力では社会が維持できないことを思い知る。チベット人を、ウイグル人を、モンゴル人を圧殺してきた報いを受けるべき時が来たのだ。
これは メッセージ 1 (sinabiru_sina さん)への返信です.
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