やはり天皇制は廃止ですね② Re: chirono
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2008/04/03 21:55 投稿番号: [97814 / 99628]
私が停滞させた議論を進行させます。
>庶民は明治維新で初めて天皇の権威が知らされ、権力の教育によって絶対的なものと信じ込まされた
いえいえ、たとえば日本国黎明期と明治初期なんて比べたら、そりゃ、通信教育科学技術に差が大きく、その頃ならかなりの日本人が天皇を大なり小なり認識し、これも大なり小なり「権威」的なものとして捉えていたと想像するに難くはありません。(その頃なら史料も豊富にあるのでは?)
住井すゑの大作『橋のない川』に、そういう明治初期、漠然とした認識だった天皇をそれよりは“リアル”に認識していく子供の心理描写があったと記憶してますが、残念ながら手元に見つからないので引用ができません。
>今後権力は何でもいいから持ってきて「これが絶対なんだよ」といえば庶民はそれを信じるわけですから
今の日本人は知りすぎてますから、そこまで無垢ではありません。明治初期の人々と子供でも海外旅行できる現代人の世界感を同じように語るのは滑稽です。
ところで、今の天皇って、権力に利用されてませんよね? 今政治が天皇の威光を背景に行われているはずはないのです。民主主義なんですから、それは絶対に有り得ないし、今後も有ってはなりません。権力が民衆に号令する時代は終わったのです。チロノカイヌシさんも、これは同意されますね?
であれば、天皇など完全に不要です。チロノカイヌシさんが描いた天皇と歴代権力と民衆との関係史とは、現代では完全に不要な過去の遺物であって、未来にそれが再現することは、民主主義を愛する日本人のすべてが望みません。
天皇の歴史は1945年に終わるべきだったのです。
最後に日本文学史に残る名著から引きます。
天皇制というものは、日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども、天皇の尊厳というものは、常に利用者の道具にすぎず、真に実在したためしはなかった。 〜(中略)〜
自分みずからを神と称し絶対の尊厳を人民に要求することは不可能だ。だが、自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押しつけることは可能なのである。そこで彼らは天皇の擁立を自分勝手にやりながら、天皇の前にぬかずき、自分がぬかずくことによって天皇の尊厳を人民に強要し、その尊厳を利用して号令していた。
それは遠い歴史の藤原氏や武家のみの物語ではないのだ。見たまえ。この戦争がそうではないか。 〜(中略)〜
藤原氏の昔から、最も天皇を冒涜するものが最も天皇を崇拝していた。彼らは真に骨の髄から盲目的に崇拝し、同時に天皇をもてあそび、わが身の便利の道具とし、冒涜の限りを尽くしていた。現代に至るまで、そして、現在もなお、、代議士諸公は天皇の尊厳を云々し、国民はまた、おおむねそれを支持している。 〜(中略)〜
日本国民諸君、私は諸君に、日本人及び日本自体の堕落を叫ぶ。日本及び日本人は堕落しなければならぬと叫ぶ。
天皇制が存続し、かかる歴史的カラクリが日本の観念にからみ残って作用するかぎり、日本に人間の、人性の正しい開花は望むことができないのだ。人間の正しい光は永遠に閉ざされ、真の人間的幸福も、人間的苦悩も、すべて人間の真実なる姿は日本を訪れるときがないだろう 『堕落論』坂口安吾
>庶民は明治維新で初めて天皇の権威が知らされ、権力の教育によって絶対的なものと信じ込まされた
いえいえ、たとえば日本国黎明期と明治初期なんて比べたら、そりゃ、通信教育科学技術に差が大きく、その頃ならかなりの日本人が天皇を大なり小なり認識し、これも大なり小なり「権威」的なものとして捉えていたと想像するに難くはありません。(その頃なら史料も豊富にあるのでは?)
住井すゑの大作『橋のない川』に、そういう明治初期、漠然とした認識だった天皇をそれよりは“リアル”に認識していく子供の心理描写があったと記憶してますが、残念ながら手元に見つからないので引用ができません。
>今後権力は何でもいいから持ってきて「これが絶対なんだよ」といえば庶民はそれを信じるわけですから
今の日本人は知りすぎてますから、そこまで無垢ではありません。明治初期の人々と子供でも海外旅行できる現代人の世界感を同じように語るのは滑稽です。
ところで、今の天皇って、権力に利用されてませんよね? 今政治が天皇の威光を背景に行われているはずはないのです。民主主義なんですから、それは絶対に有り得ないし、今後も有ってはなりません。権力が民衆に号令する時代は終わったのです。チロノカイヌシさんも、これは同意されますね?
であれば、天皇など完全に不要です。チロノカイヌシさんが描いた天皇と歴代権力と民衆との関係史とは、現代では完全に不要な過去の遺物であって、未来にそれが再現することは、民主主義を愛する日本人のすべてが望みません。
天皇の歴史は1945年に終わるべきだったのです。
最後に日本文学史に残る名著から引きます。
天皇制というものは、日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども、天皇の尊厳というものは、常に利用者の道具にすぎず、真に実在したためしはなかった。 〜(中略)〜
自分みずからを神と称し絶対の尊厳を人民に要求することは不可能だ。だが、自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押しつけることは可能なのである。そこで彼らは天皇の擁立を自分勝手にやりながら、天皇の前にぬかずき、自分がぬかずくことによって天皇の尊厳を人民に強要し、その尊厳を利用して号令していた。
それは遠い歴史の藤原氏や武家のみの物語ではないのだ。見たまえ。この戦争がそうではないか。 〜(中略)〜
藤原氏の昔から、最も天皇を冒涜するものが最も天皇を崇拝していた。彼らは真に骨の髄から盲目的に崇拝し、同時に天皇をもてあそび、わが身の便利の道具とし、冒涜の限りを尽くしていた。現代に至るまで、そして、現在もなお、、代議士諸公は天皇の尊厳を云々し、国民はまた、おおむねそれを支持している。 〜(中略)〜
日本国民諸君、私は諸君に、日本人及び日本自体の堕落を叫ぶ。日本及び日本人は堕落しなければならぬと叫ぶ。
天皇制が存続し、かかる歴史的カラクリが日本の観念にからみ残って作用するかぎり、日本に人間の、人性の正しい開花は望むことができないのだ。人間の正しい光は永遠に閉ざされ、真の人間的幸福も、人間的苦悩も、すべて人間の真実なる姿は日本を訪れるときがないだろう 『堕落論』坂口安吾
これは メッセージ 97806 (chironokainushi さん)への返信です.
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