日本人の幸福は朝鮮のおかげさま!
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2008/04/03 23:06 投稿番号: [97815 / 99628]
日本人の幸福は朝鮮のおかげさま!
と、私がいってるのではありません。柄谷行人でもありません。ただ、柄谷の学説とヒダリノさんやチロノカイヌシさんやアイタタタタさんの「日本人の幸福は天皇陛下様のおかげさま」論を合体させると、そういう結論が導かれます。
え、わかんない? 説明しましょう!
中国の周辺である朝鮮においては、中国の制度が完全に導入され、東洋的な国家が構築されたのに対して、日本では、七・八世紀に律令制を導入し、中国型の国家が作られたものの、それはついに格好だけにとどまった。また日本人は漢字を受け入れながら仮名を発明し、独自の文化を形成しました。しかし、帝国の文明を選択的に受け入れ、それに従属しないということは、日本独自の特徴というよりもむしろ、亜周辺の特徴なのです 『世界共和国へ』柄谷行人
天皇制を解体しようとして、それがいかに深い闇の中に根ざしているか、などという理論家が大勢います。丸山真男がその嚆矢であったといってもいいでしょう 〜(中略)〜
たとえば、丸山は「日本の思想」の特質を、『古事記』の分析を通して古代的な「古層」に見いだそうとしました。簡単にいえば、それは作為・制作に対して生成を優位におく思想です 〜(中略)〜
では、ユダヤ・キリスト教の思考に出会う前の「古層」において、ゲルマンの諸部族はどうであったかといえば、それは当然、制作よりも生成を優位におくものであったでしょう。しかし、キリスト教が入った後には、それは完全に抑圧されたのです 〜(中略)〜 同じことがアジア諸民族についてもいえます。中国やインドのような帝国の周縁にいた諸民族は、その文化的・政治的影響を受け入れたとき、それ以前のものを徹底的に抑圧したのです。歴史的な「古層」において、「生成」が「制作」に対して優位にあるということは、日本に特徴的なものではない。中国やインドのような帝国の周縁にあった諸民族も同様でした。したがって、大切なのは、そうした「古層」を指摘することではなく、むしろ、なぜ日本ではそうした「古層」が抑圧されなかったかを問うことです。
私が到達したのは、むしろ、ありふれた考えです。日本において丸山真男のいう「古層」が抑圧されなかったのは、日本が海によって隔てられているため、異民族に軍事的に征服されなかったからである、と。日本に入ってきた宗教が仏教であったがゆえに「去勢」がおこらなかった、ということではない。仏教は特に寛容な宗教ではありません。逆にいって、一神教が特に過酷だということもない。過酷なのは、世界帝国による軍事的な征服と支配です 〜(中略)〜
こういうことがありえたのは、日本が中国という世界帝国の辺境に位置する島国だからであって、日本に特に何か内在的な「力」があったからではありません。同様に日本において天皇制が存続したのは、それが根深い神話的な力を持っていたからではなく、朝鮮半島があったため、一度も異民族に直接的に支配されずにすんだからです 〜(中略)〜
軍事的な征服がなかったのは、日本と中国やモンゴルあるいはロシアとの間に朝鮮半島があり、ここで進入がせき止められたからです。14世紀中国からアラビアに至るまで瞬く間に征服したモンゴルも、朝鮮半島を支配するのに30年もかかってます。彼らが日本征服を断念したのは、日本の歴史において考えれているように「神風」(台風)が吹いたからではなく、朝鮮における抵抗に力を使い切ったからです 『日本精神分析』柄谷行人
チロノカイヌシさんは、天皇制がここまで続いてきたのは何かあるはずだ、と前におっしゃってました。それは柄谷が否定する「根深い神話的な力」だとはいいませんでしたが、とまれ、その答えを、世界レベルの知性の一人柄谷は示しています。つまり、たんなる地政学的偶然、帝国に対する朝鮮の抵抗、これが原因だというわけですね。
これはもう「天皇のおかげさまで日本人の幸福がある」と考えるオカルト史観のヒダリノさんチロノカイヌシさん、そしてウヨクじゃなかったはずなのにこんな超ウヨク的オカルト史観に頷くアイタタタタさん、みなさんは朝鮮に感謝せねばなりません。それを「韓国ふざけんな」とはどういうことですか! 恩を仇で返してはなりません。朝鮮に足を向けて寝るのも道徳に反します。いってみれば、
朝鮮のおかげさまで天皇制が存続でき、そのため日本人(といっても、ヒダリノさんとチロノカイヌシさんとアイタタタタさんだけ)は幸福なんですから!
ほっほっほ!
(繰り返しますが、私がこういってるのではありません。柄谷もいってません。ただ、柄谷の学説と諸君の天皇論を合体させるとこうなるのです)
と、私がいってるのではありません。柄谷行人でもありません。ただ、柄谷の学説とヒダリノさんやチロノカイヌシさんやアイタタタタさんの「日本人の幸福は天皇陛下様のおかげさま」論を合体させると、そういう結論が導かれます。
え、わかんない? 説明しましょう!
中国の周辺である朝鮮においては、中国の制度が完全に導入され、東洋的な国家が構築されたのに対して、日本では、七・八世紀に律令制を導入し、中国型の国家が作られたものの、それはついに格好だけにとどまった。また日本人は漢字を受け入れながら仮名を発明し、独自の文化を形成しました。しかし、帝国の文明を選択的に受け入れ、それに従属しないということは、日本独自の特徴というよりもむしろ、亜周辺の特徴なのです 『世界共和国へ』柄谷行人
天皇制を解体しようとして、それがいかに深い闇の中に根ざしているか、などという理論家が大勢います。丸山真男がその嚆矢であったといってもいいでしょう 〜(中略)〜
たとえば、丸山は「日本の思想」の特質を、『古事記』の分析を通して古代的な「古層」に見いだそうとしました。簡単にいえば、それは作為・制作に対して生成を優位におく思想です 〜(中略)〜
では、ユダヤ・キリスト教の思考に出会う前の「古層」において、ゲルマンの諸部族はどうであったかといえば、それは当然、制作よりも生成を優位におくものであったでしょう。しかし、キリスト教が入った後には、それは完全に抑圧されたのです 〜(中略)〜 同じことがアジア諸民族についてもいえます。中国やインドのような帝国の周縁にいた諸民族は、その文化的・政治的影響を受け入れたとき、それ以前のものを徹底的に抑圧したのです。歴史的な「古層」において、「生成」が「制作」に対して優位にあるということは、日本に特徴的なものではない。中国やインドのような帝国の周縁にあった諸民族も同様でした。したがって、大切なのは、そうした「古層」を指摘することではなく、むしろ、なぜ日本ではそうした「古層」が抑圧されなかったかを問うことです。
私が到達したのは、むしろ、ありふれた考えです。日本において丸山真男のいう「古層」が抑圧されなかったのは、日本が海によって隔てられているため、異民族に軍事的に征服されなかったからである、と。日本に入ってきた宗教が仏教であったがゆえに「去勢」がおこらなかった、ということではない。仏教は特に寛容な宗教ではありません。逆にいって、一神教が特に過酷だということもない。過酷なのは、世界帝国による軍事的な征服と支配です 〜(中略)〜
こういうことがありえたのは、日本が中国という世界帝国の辺境に位置する島国だからであって、日本に特に何か内在的な「力」があったからではありません。同様に日本において天皇制が存続したのは、それが根深い神話的な力を持っていたからではなく、朝鮮半島があったため、一度も異民族に直接的に支配されずにすんだからです 〜(中略)〜
軍事的な征服がなかったのは、日本と中国やモンゴルあるいはロシアとの間に朝鮮半島があり、ここで進入がせき止められたからです。14世紀中国からアラビアに至るまで瞬く間に征服したモンゴルも、朝鮮半島を支配するのに30年もかかってます。彼らが日本征服を断念したのは、日本の歴史において考えれているように「神風」(台風)が吹いたからではなく、朝鮮における抵抗に力を使い切ったからです 『日本精神分析』柄谷行人
チロノカイヌシさんは、天皇制がここまで続いてきたのは何かあるはずだ、と前におっしゃってました。それは柄谷が否定する「根深い神話的な力」だとはいいませんでしたが、とまれ、その答えを、世界レベルの知性の一人柄谷は示しています。つまり、たんなる地政学的偶然、帝国に対する朝鮮の抵抗、これが原因だというわけですね。
これはもう「天皇のおかげさまで日本人の幸福がある」と考えるオカルト史観のヒダリノさんチロノカイヌシさん、そしてウヨクじゃなかったはずなのにこんな超ウヨク的オカルト史観に頷くアイタタタタさん、みなさんは朝鮮に感謝せねばなりません。それを「韓国ふざけんな」とはどういうことですか! 恩を仇で返してはなりません。朝鮮に足を向けて寝るのも道徳に反します。いってみれば、
朝鮮のおかげさまで天皇制が存続でき、そのため日本人(といっても、ヒダリノさんとチロノカイヌシさんとアイタタタタさんだけ)は幸福なんですから!
ほっほっほ!
(繰り返しますが、私がこういってるのではありません。柄谷もいってません。ただ、柄谷の学説と諸君の天皇論を合体させるとこうなるのです)
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