天皇問題① Re: 東京裁判とはですね①
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2008/03/31 02:55 投稿番号: [97769 / 99628]
多忙なんですが、ちょいと時間もあるので、
>日本人が天皇を尊ぶのは。貴方のいうような大日本帝国の教育のせいではありません。なぜなら日本史上天皇はずっと「権威」だったからです。だから「神聖にして侵すべからず」といっても国民が信じたのです。100年足らずの教育の問題じゃなく、天皇は日本とともにあったんです
という意見に対して返信します。
なるほど、歴史の長い下地があった、すでに「日本人」にとって天皇は「権威」だった、だから大日本帝国の教育が原因ではない、というわけですか?
ふむ、今仮にその「下地」を認めるとします。しかし、それを教育勅語や御真影により深化させたわけです。逆にいえば、強制的な教育が原因ではないなら、たとえばなぜ堀田善衛が空襲後の瓦礫の中で目撃した倒錯感情を抱くまで国民を“徹底的に”皇民化できたんですか?
それこそ日本史の「権威」網野善彦はこう書いています。
明治以後、憲法制定に至る過程と、さらにそれ以後の国家的な教育のなかで、この国家の指導層はきわめて偏り、また誤りに満ちた「日本国」「日本人」の像を日本人自身の意識の中に“徹底的に”刷りこんでいった。
なにより「日本国」自体について、神々の創った国土に天から降った神の子孫=天皇の統治する国であるという記紀の神話を「事実」として「国民」の教育を行い、さらに「日本人」を「万世一系」の天皇の支配下にあって、「血統」の上でも天皇につながる均質ですぐれた「大和民族」ととらえる意識を植え付けた 『日本社会の歴史(下)』網野善彦 (“”は私が記入)
>天皇は日本とともにあったんです
たしかに天皇は長くあります。同様に、そこらへんの田中さんも木村さんも、長く「日本とともにあった」わけですから、その意味で完全に等価ですが、しかし天皇は歴史的に間断なくすべての(すくなくともかなり多数の)「日本人」の「権威」だったのなら、そこが田中さんや木村さんとの決定的な違いとなります。
そこで質問ですが、千年以上の歴史をもつ天皇が「日本とともにあった」「日本史上天皇はずっと権威だった」というその実態はどう描かれるのですか? 私が問うているのは、天皇と庶民とのリアルな関係性です。
紀元645年に大化改新がある。この中古の労働群の地位は悲惨である。社会の上層には、氏性階級の変じた貴族がある。その下には自由民たる百姓、白丁がある。班田の制には浴するが重い租税に悩む。彼らは中古の末期からは、農奴の実質を帯びるに至った。自由民の下には雑古という不自由民があり、奴隷としては、官戸、陵戸、家人、公奴婢、私奴婢等がある。 〜(中略)〜 奈良朝時代における奴隷の待遇は惨めなものである。病気の奴隷は捨てられ、この捨てられた奴隷が犬に噛み殺されるという話もある。 〜(中略)〜
穢多・非人の制度は、封建時代の階級政略の産物である。階級発生の歴史は古いが、この社会群を法制の上に誘致したのは封建の制度である。その強圧的政策は、差別これ政略、服従これ道徳、という社会体制を生み出した。この専制は、民衆にとってまったく堪えがたき苦痛である 『被差別部落一千年史』高橋貞樹
これは高橋貞樹の著名な労作からの引用ですが、マルクス主義者の階級史観など問答無用だ! なんて「血液沸騰」させず、たとえばこういう人たちと天皇の関係や交通、その認識の有り様、つまり天皇がこういった「日本人とともあった」実態とは、どういう具体的な記述により説明されるのでしょうか?
>日本人が天皇を尊ぶのは。貴方のいうような大日本帝国の教育のせいではありません。なぜなら日本史上天皇はずっと「権威」だったからです。だから「神聖にして侵すべからず」といっても国民が信じたのです。100年足らずの教育の問題じゃなく、天皇は日本とともにあったんです
という意見に対して返信します。
なるほど、歴史の長い下地があった、すでに「日本人」にとって天皇は「権威」だった、だから大日本帝国の教育が原因ではない、というわけですか?
ふむ、今仮にその「下地」を認めるとします。しかし、それを教育勅語や御真影により深化させたわけです。逆にいえば、強制的な教育が原因ではないなら、たとえばなぜ堀田善衛が空襲後の瓦礫の中で目撃した倒錯感情を抱くまで国民を“徹底的に”皇民化できたんですか?
それこそ日本史の「権威」網野善彦はこう書いています。
明治以後、憲法制定に至る過程と、さらにそれ以後の国家的な教育のなかで、この国家の指導層はきわめて偏り、また誤りに満ちた「日本国」「日本人」の像を日本人自身の意識の中に“徹底的に”刷りこんでいった。
なにより「日本国」自体について、神々の創った国土に天から降った神の子孫=天皇の統治する国であるという記紀の神話を「事実」として「国民」の教育を行い、さらに「日本人」を「万世一系」の天皇の支配下にあって、「血統」の上でも天皇につながる均質ですぐれた「大和民族」ととらえる意識を植え付けた 『日本社会の歴史(下)』網野善彦 (“”は私が記入)
>天皇は日本とともにあったんです
たしかに天皇は長くあります。同様に、そこらへんの田中さんも木村さんも、長く「日本とともにあった」わけですから、その意味で完全に等価ですが、しかし天皇は歴史的に間断なくすべての(すくなくともかなり多数の)「日本人」の「権威」だったのなら、そこが田中さんや木村さんとの決定的な違いとなります。
そこで質問ですが、千年以上の歴史をもつ天皇が「日本とともにあった」「日本史上天皇はずっと権威だった」というその実態はどう描かれるのですか? 私が問うているのは、天皇と庶民とのリアルな関係性です。
紀元645年に大化改新がある。この中古の労働群の地位は悲惨である。社会の上層には、氏性階級の変じた貴族がある。その下には自由民たる百姓、白丁がある。班田の制には浴するが重い租税に悩む。彼らは中古の末期からは、農奴の実質を帯びるに至った。自由民の下には雑古という不自由民があり、奴隷としては、官戸、陵戸、家人、公奴婢、私奴婢等がある。 〜(中略)〜 奈良朝時代における奴隷の待遇は惨めなものである。病気の奴隷は捨てられ、この捨てられた奴隷が犬に噛み殺されるという話もある。 〜(中略)〜
穢多・非人の制度は、封建時代の階級政略の産物である。階級発生の歴史は古いが、この社会群を法制の上に誘致したのは封建の制度である。その強圧的政策は、差別これ政略、服従これ道徳、という社会体制を生み出した。この専制は、民衆にとってまったく堪えがたき苦痛である 『被差別部落一千年史』高橋貞樹
これは高橋貞樹の著名な労作からの引用ですが、マルクス主義者の階級史観など問答無用だ! なんて「血液沸騰」させず、たとえばこういう人たちと天皇の関係や交通、その認識の有り様、つまり天皇がこういった「日本人とともあった」実態とは、どういう具体的な記述により説明されるのでしょうか?
これは メッセージ 97736 (chironokainushi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834688/4z9qa4ua46a41a4sa4j_1/97769.html