Re: 「南京」の後に「陛下」とは呼べない③
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2007/07/08 04:11 投稿番号: [97203 / 99628]
>その「土人」性が負の歴史への批判なきゆえに反復され、ある一定の人々の中に温存されて継がれてる現状は、アドルノ的にいえば、“「南京」の後に天皇「陛下」と呼ぶのは野蛮である”となります。
くどいようだが、君の考え方で一番どうかと思うのはここだ。もっともこれは西洋の変な哲学にかぶれた人間に見られる傾向。教育学をまともに受けた連中に多いな。西洋の教育学なんて所詮こんなところから出てるからな。
20世紀型の戦争と、21世紀型の戦争とではその「根本的な理由」が違う。特に日本の絡んだ戦争で20世紀型の戦争は終わり、朝鮮戦争以降は戦争の根本が違う。
あくまで20世紀型の戦争は「利益」を追い求めた結果の「外交の究極」。戦ったほうが「利益が出る」から戦う。同じ政治システムで、同じような民主主義、さらには同じキリスト教徒同士でもある。それは植民地争奪戦だった。植民地が広ければ利益が上がると言うシステムだったわけだし、「経済学的」に言えば、江戸末期の人口が4000万人。100パーセント国内で食物を自給していればそれ以上の人口を養うには国外に領土を広げるしかない。それが明治初期だ。
だが欧米も「ブロック経済」だったわけだから、その貿易も出来ない。つまり自分達で土地を開墾して食べていくしかない時代だったわけだ。
食料を輸出して輸入してなんてのは基本的には戦後だぞ。自給自足が原則だったわけだ。戦後の日本は、「自給自足じゃなくても食糧を金で買えばいい」ということを学んだ。進歩したんだよ。だからそれでいいと思ってる。
朝鮮戦争以後の戦争は、「国益」じゃない。「主義主張」のぶつかりあいだ。ベトナム戦争も民主主義対共産主義、特に共産主義は世界中の労働者が団結なんて言ってるからな。他所に資本主義があるのはまずいんだろ。
イラク戦争や湾岸戦争はキリスト原理主義対イスラム原理主義だよ。
日本の戦争は所詮は「金儲け」の部分もある。人種開放の側面ももちろん認めるが、金儲けの部分もある。それはそれでいい。
だが、朝鮮戦争以後の戦争は「主義主張」の戦いとか「宗教」の戦いだ。その原因こそまさに「人の内面」の戦いなんだよ。これからのご時世、そういう平和主義のほうがいい。ナチュラルだからな。エルサレムがどうなろうと日本人には知ったことじゃないっていうのが本音だしな。
これが「内面を考慮」するととても日本人の理解の限界を超える。イスラム教もキリスト教もユダヤ教も「聖書に聖地と書いてある」から自分達で支配しないと「神への裏切り」になる。日本人みたいに「何でもいい」ってわけにはいかない。だから戦争もそう簡単には終わらないんだ。日本の戦う理由とは全然違うんだよ。現在の戦争は。
儲からないから止めるとか、そういう問題じゃないんだ。だから日本では武装解除はできても、朝鮮戦争は終わらない。
日本は進歩したのだが、一部に君のように「日本の文化が次の戦争を起こす」と解釈して日本の文化を否定する勢力がある。反日日本人だ。
どう考えても「日本から」侵略などはしない。儲からないからだ。韓国人など侵略してくるとか言うが、あれも「外交の一環」に過ぎない。本気で思ってる奴など南にはいないだろうし、いたとしたらどうかしてる。
日本人は「資本の力」でやりたい放題出来ることを学んだんだ。食料は買えばいい、武力はアメリカに依存すればいい、それで潤うということを学んだ。侵略などという「儲からないこと」などするはずもない。
あるとすれば、相手が攻撃を仕掛けてきたときだ。それは戦う。そこには「愛国心」がある。
だが、戦後の日本にそういう「観念論」など必要なく、文化の否定などは間逆の効果しかない。日本が今平和なのは「未開の信仰」のおかげさまだぞ。外の民族を殺してやるほど憎む理由もなく、聖地などもないからだ。
戦争を防ぐために学ぶ、それはそれでいい。だがその学ぶのは観念論じゃなくていい。経済でも何でも良いんだ。
儲からないから韓国併合をしない、それで充分だ。所詮は主権の及ばない外国だ。その国のあり方はその国の国民の決めることだ。日本人の考えることじゃないんだよ。
くどいようだが、君の考え方で一番どうかと思うのはここだ。もっともこれは西洋の変な哲学にかぶれた人間に見られる傾向。教育学をまともに受けた連中に多いな。西洋の教育学なんて所詮こんなところから出てるからな。
20世紀型の戦争と、21世紀型の戦争とではその「根本的な理由」が違う。特に日本の絡んだ戦争で20世紀型の戦争は終わり、朝鮮戦争以降は戦争の根本が違う。
あくまで20世紀型の戦争は「利益」を追い求めた結果の「外交の究極」。戦ったほうが「利益が出る」から戦う。同じ政治システムで、同じような民主主義、さらには同じキリスト教徒同士でもある。それは植民地争奪戦だった。植民地が広ければ利益が上がると言うシステムだったわけだし、「経済学的」に言えば、江戸末期の人口が4000万人。100パーセント国内で食物を自給していればそれ以上の人口を養うには国外に領土を広げるしかない。それが明治初期だ。
だが欧米も「ブロック経済」だったわけだから、その貿易も出来ない。つまり自分達で土地を開墾して食べていくしかない時代だったわけだ。
食料を輸出して輸入してなんてのは基本的には戦後だぞ。自給自足が原則だったわけだ。戦後の日本は、「自給自足じゃなくても食糧を金で買えばいい」ということを学んだ。進歩したんだよ。だからそれでいいと思ってる。
朝鮮戦争以後の戦争は、「国益」じゃない。「主義主張」のぶつかりあいだ。ベトナム戦争も民主主義対共産主義、特に共産主義は世界中の労働者が団結なんて言ってるからな。他所に資本主義があるのはまずいんだろ。
イラク戦争や湾岸戦争はキリスト原理主義対イスラム原理主義だよ。
日本の戦争は所詮は「金儲け」の部分もある。人種開放の側面ももちろん認めるが、金儲けの部分もある。それはそれでいい。
だが、朝鮮戦争以後の戦争は「主義主張」の戦いとか「宗教」の戦いだ。その原因こそまさに「人の内面」の戦いなんだよ。これからのご時世、そういう平和主義のほうがいい。ナチュラルだからな。エルサレムがどうなろうと日本人には知ったことじゃないっていうのが本音だしな。
これが「内面を考慮」するととても日本人の理解の限界を超える。イスラム教もキリスト教もユダヤ教も「聖書に聖地と書いてある」から自分達で支配しないと「神への裏切り」になる。日本人みたいに「何でもいい」ってわけにはいかない。だから戦争もそう簡単には終わらないんだ。日本の戦う理由とは全然違うんだよ。現在の戦争は。
儲からないから止めるとか、そういう問題じゃないんだ。だから日本では武装解除はできても、朝鮮戦争は終わらない。
日本は進歩したのだが、一部に君のように「日本の文化が次の戦争を起こす」と解釈して日本の文化を否定する勢力がある。反日日本人だ。
どう考えても「日本から」侵略などはしない。儲からないからだ。韓国人など侵略してくるとか言うが、あれも「外交の一環」に過ぎない。本気で思ってる奴など南にはいないだろうし、いたとしたらどうかしてる。
日本人は「資本の力」でやりたい放題出来ることを学んだんだ。食料は買えばいい、武力はアメリカに依存すればいい、それで潤うということを学んだ。侵略などという「儲からないこと」などするはずもない。
あるとすれば、相手が攻撃を仕掛けてきたときだ。それは戦う。そこには「愛国心」がある。
だが、戦後の日本にそういう「観念論」など必要なく、文化の否定などは間逆の効果しかない。日本が今平和なのは「未開の信仰」のおかげさまだぞ。外の民族を殺してやるほど憎む理由もなく、聖地などもないからだ。
戦争を防ぐために学ぶ、それはそれでいい。だがその学ぶのは観念論じゃなくていい。経済でも何でも良いんだ。
儲からないから韓国併合をしない、それで充分だ。所詮は主権の及ばない外国だ。その国のあり方はその国の国民の決めることだ。日本人の考えることじゃないんだよ。
これは メッセージ 97191 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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