Re: 「南京」の後に「陛下」とは呼べない③
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2007/07/08 03:23 投稿番号: [97201 / 99628]
>いわゆる未開社会におけるトーテム信仰としての
それでいいんだ。右派も認めてるぞ。日本の神道は「原始信仰」の域を出ない。イスラム教やキリスト教に比べて「劣った」宗教だ。それがいいんだよ。平和だからな。突き詰めて考えない、何でもありの「未開社会」だからこその「平和」なんだよ。
>ある一定の人々の中に温存されて継がれてる現状は
ある一定じゃない。「凡その日本人」だ。宗教特有の「タブー」がないんだぞ。日本だけだ。宗教論争が国内で殆ど無いぞ。そんなのも日本だけだ。国内で宗教対立が殆ど無いぞ。イスラムが何をしようと気にもしない。それが日本の「未開な信仰」の長所だ。
ある一定だけならばこの「平和」は保てない。主義主張は行き着けば対立を生む。ところが日本の「未開な信仰」は行き着く先がない。なんでもいいんだ。それが日本の良さなんだ。
>アドルノ的にいえば
所詮は日本の文化に理解がない外人だ。日本の文化はキリスト教の常識やイスラム教の常識には当てはまらない。以前もどなたかが紹介されていたが、戦後の行幸で各地で大歓迎をされたのが昭和天皇だ。外国ならば処刑だよ。その常識を理解するのは無理だよ。知識で知っても限界はあるな。
哲学で外国人がいろいろ言うが「日本は例外」なんだよ。アドルフだとかニーチェだとかイロイロ名前を出すが、所詮は「異教徒」でしかない。負けた戦いを指導した施政者は「処刑」の文化じゃないんだ。なんでもありの「未開の信仰」なんだよ。
「未開の信仰」こそ日本の良さなんだ。
これは メッセージ 97191 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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