Re: パークちゃんにさらにツッコミ!①
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2007/06/17 09:06 投稿番号: [97019 / 99628]
>「虐殺の動機が便衣兵狩り」だから問題ない
ですから、捕虜の集団殺戮などもあるのです。hidarino5 さんは、南京事件のすべてを「便衣兵狩り」だと捉えてますが、東中野先生ですらそんなバカなことはおっしゃりません。
>一人でもいたら可能性が存在する。その可能性を消し去るためには「狩る」しかない
ほう、ならば米国でアラブ人を「狩る」のも正当ですね。米国内には、間違いなく、一人どころか複数のテロリストが潜伏しています。テロの可能性を「消し去る」には、アラブ人を見たら全員「狩れ」、アラブ人が(タバコを取り出そうと)背広の内ポケットに手を入れたら、それだけで銃殺してもよい、とこうなるわけです。イラクに言及されてましたが、この議論を適用すれば、米兵はイラク人など全部殺してもよいことになります。我々の日常場面を想定すれば、都心の通勤電車内には痴漢が一人二人はいますから、男性はみな痴漢行為の前に「狩って」しまえばよいのです。夜道には強姦魔もいますから、夜道を歩く男性はみな「狩られる」べきです。日本の男性教諭には変態が多いので、彼らが女性徒へ物理的に接近することは禁止されるべきです。社会保険庁の杜撰な年金管理に見られるように、日本の役人は国民に迷惑な仕事をするので、かれらも事前に「狩って」しまいましょう。
というか、便衣兵という先入見だけで民間人を殺戮すれば、または便衣兵を捕らえた後に軍事裁判を経ず処刑すれば、戦時国際法違反なのです。南京虐殺がなぜ批判されるのか? 出発点としては、それは善悪という良心に基づく論拠からではなく、ハーグ陸戦法規やジュネーブ協定という戦時国際法に反するからです。
>便衣兵の時点で犯罪だ
便衣兵じゃなかったら単なる虐殺です。これは、猜疑心から銃をぶっ放してもよい、という理屈となります。便衣兵はたしかに陸戦法規違反ですが、処刑には軍事裁判判決が不可欠です。
>今はな。それと悪かもしれんが、問題はない
ですから、今ではなく当時の国際法に反するのです。
>悪でいいんじゃないのか?
やはり法治とパブリックな概念の否定です。
>今は犯罪は駄目なんだよ
昔も犯罪はダメです。犯罪とは、法律に抵触する行為を指すのです。
>彼らにしてみれば正当なんだろ。南京虐殺だって日本人にしてみれば正当、それでいいんじゃないのか?
ここにも法治の否定が見られます。ある人々にとって正当なことが他の人々にも正当とは限らない、という子供でもわかる理屈が、この自己愛病の低民度で無知な坊やには理解できないようです。
「それでいいんじゃないのか」! この台詞を地下鉄サリン事件の犠牲者に言えたらたいしたものです。
ところで、南京虐殺は日本兵からしても、被害者の中国人からしても、客観的な第三者からしても、正当ではありません。ゆえに、躍起になって否定する勢力がいるのです。
>そんなの当たり前だ
そうですか。ならば、自分の子供がレイプされても、身を守れなかった自分が悪いといって、犯罪者を肯定されますね。犯罪者が負い目など感じる必要を感じないわけですね。あくまで身を守れなかった自分の子供が悪いのですね。
>そういうのを屁理屈っていうの
どこがどう屁理屈なのかいっさい説明されていません。
>あの当時「人」といえば白人だよ。アジア人なんて「人」じゃなかっただろ?特に先住民族なんて「人」の扱いされていたのか?
白人が世界ではありません。何が「人」かを白人が独断的に決める権利など過去にも昔にもございません。ラス・カサスは『インディアス破壊を糾弾する簡略なる陳述』をしたため、ロバート・デ・ニーロとジェレミー・アイアンズが主演した映画『ミッション』では、先住民族を「人」として描き出し、それに共感する同時代の白人の生き様が併置されています。白人が非白人を「人」と認めないからといって、かれらはかれらからすれば「人」なのです。
エドワード・サイードは白人の非白人への視点を“オリエンタリズム”といって批判したし、その傲岸不遜な在り方が西洋の植民地支配をその基底で支えたのは事実でしょう。しかし、プチオリエンタリズムが、非白人たる日本帝国主義には、非日本人を差別する思想としてあったわけです。
>台湾先住民って今の概念なら「人」なんだろうが、当時彼らは「人」だったのか?朝鮮人も同じだし
と書いてますから、それを認めてますね。
ですから、捕虜の集団殺戮などもあるのです。hidarino5 さんは、南京事件のすべてを「便衣兵狩り」だと捉えてますが、東中野先生ですらそんなバカなことはおっしゃりません。
>一人でもいたら可能性が存在する。その可能性を消し去るためには「狩る」しかない
ほう、ならば米国でアラブ人を「狩る」のも正当ですね。米国内には、間違いなく、一人どころか複数のテロリストが潜伏しています。テロの可能性を「消し去る」には、アラブ人を見たら全員「狩れ」、アラブ人が(タバコを取り出そうと)背広の内ポケットに手を入れたら、それだけで銃殺してもよい、とこうなるわけです。イラクに言及されてましたが、この議論を適用すれば、米兵はイラク人など全部殺してもよいことになります。我々の日常場面を想定すれば、都心の通勤電車内には痴漢が一人二人はいますから、男性はみな痴漢行為の前に「狩って」しまえばよいのです。夜道には強姦魔もいますから、夜道を歩く男性はみな「狩られる」べきです。日本の男性教諭には変態が多いので、彼らが女性徒へ物理的に接近することは禁止されるべきです。社会保険庁の杜撰な年金管理に見られるように、日本の役人は国民に迷惑な仕事をするので、かれらも事前に「狩って」しまいましょう。
というか、便衣兵という先入見だけで民間人を殺戮すれば、または便衣兵を捕らえた後に軍事裁判を経ず処刑すれば、戦時国際法違反なのです。南京虐殺がなぜ批判されるのか? 出発点としては、それは善悪という良心に基づく論拠からではなく、ハーグ陸戦法規やジュネーブ協定という戦時国際法に反するからです。
>便衣兵の時点で犯罪だ
便衣兵じゃなかったら単なる虐殺です。これは、猜疑心から銃をぶっ放してもよい、という理屈となります。便衣兵はたしかに陸戦法規違反ですが、処刑には軍事裁判判決が不可欠です。
>今はな。それと悪かもしれんが、問題はない
ですから、今ではなく当時の国際法に反するのです。
>悪でいいんじゃないのか?
やはり法治とパブリックな概念の否定です。
>今は犯罪は駄目なんだよ
昔も犯罪はダメです。犯罪とは、法律に抵触する行為を指すのです。
>彼らにしてみれば正当なんだろ。南京虐殺だって日本人にしてみれば正当、それでいいんじゃないのか?
ここにも法治の否定が見られます。ある人々にとって正当なことが他の人々にも正当とは限らない、という子供でもわかる理屈が、この自己愛病の低民度で無知な坊やには理解できないようです。
「それでいいんじゃないのか」! この台詞を地下鉄サリン事件の犠牲者に言えたらたいしたものです。
ところで、南京虐殺は日本兵からしても、被害者の中国人からしても、客観的な第三者からしても、正当ではありません。ゆえに、躍起になって否定する勢力がいるのです。
>そんなの当たり前だ
そうですか。ならば、自分の子供がレイプされても、身を守れなかった自分が悪いといって、犯罪者を肯定されますね。犯罪者が負い目など感じる必要を感じないわけですね。あくまで身を守れなかった自分の子供が悪いのですね。
>そういうのを屁理屈っていうの
どこがどう屁理屈なのかいっさい説明されていません。
>あの当時「人」といえば白人だよ。アジア人なんて「人」じゃなかっただろ?特に先住民族なんて「人」の扱いされていたのか?
白人が世界ではありません。何が「人」かを白人が独断的に決める権利など過去にも昔にもございません。ラス・カサスは『インディアス破壊を糾弾する簡略なる陳述』をしたため、ロバート・デ・ニーロとジェレミー・アイアンズが主演した映画『ミッション』では、先住民族を「人」として描き出し、それに共感する同時代の白人の生き様が併置されています。白人が非白人を「人」と認めないからといって、かれらはかれらからすれば「人」なのです。
エドワード・サイードは白人の非白人への視点を“オリエンタリズム”といって批判したし、その傲岸不遜な在り方が西洋の植民地支配をその基底で支えたのは事実でしょう。しかし、プチオリエンタリズムが、非白人たる日本帝国主義には、非日本人を差別する思想としてあったわけです。
>台湾先住民って今の概念なら「人」なんだろうが、当時彼らは「人」だったのか?朝鮮人も同じだし
と書いてますから、それを認めてますね。
これは メッセージ 97018 (hidarino5 さん)への返信です.
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