Re: parkさん、『おしまい』かも①
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2006/09/15 04:18 投稿番号: [95709 / 99628]
>紛い物ではない方法論?をお持ちなんですか
さあ、どうでしょうか?
ところで、「紛い物」の方法論と本物のそれとは如何にして識別されるのでしょうか? 両者の違いとは何だとおっしゃるのですか? 「根拠を執拗に迫る」ことが「紛い物」の方法論にすらなり得ないとはすでに述べました。なぜなら、「根拠を執拗に迫る」のは、とうぜん書かれるべき根拠が何も示されず結論だけが先行している、という事態に対処して、議論の流れの中で必然的に発生する素朴な質問事項にすぎないからです。私に言わせれば、これを指して「紛い物」とはいえ方法論に含めて考える choimachina さんの整理の仕方に首を傾げる次第ですが、それはさておき、私のある振る舞いを「紛い物」だと罵った以上、それらの真偽を峻別する基本的考えがもちろんあるはずです。
それをお答え下さい。
>その「前提」に賛同したことなど、皆無ですよ
だからこそこの退屈な議論に未だ終止符が打たれずここまで継続しているわけですから、そんなことはわかってますが、この場合、その「前提」で論を進めて問題ないはずです。なぜなら、ここで問われているのは、ここの言論はウヨク的か?という中心主題を巡るそれではないからです。
では、いまここで何が問われているのでしょうか?
以前、私はこういうように言いました。
「人は自分の嗜好に合った書物を好んで読むものだから、ここのロム専者さんの多くはここの意見に近いものがある」
それに対して、choimachina さんは、
>嗜好に合わないけど読んでいる読書の形態としては少ない方のケースであるのが、parkさんの場合だけとは限らないでしょ?
とか反論されたのです。つまり、choimachina さんは、ここのロム専者の多くが嗜好に合った書物を読む姿勢でここを読んでるとはいえない、と言いたいわけですよね? さらに、
>『ROM専』なんですから、その嗜好など推し量る術もないでしょうが
と、ロム専者の嗜好などまったく見当もつかないはずだ、とおっしゃっているわけです。
しかし、私はこれまで延々と、ロム専という特質ゆえに意見がまったく表明されないかれらの嗜好を推測する考えを明示した上、それを拠り所に論を展開しているのだから、それに対する直裁な反論ではない上記の如く投げやりな呟きは無効ですが、それは後述することにし、ここでの本題に戻してみれば、この場合、私の仮定(ここの言論=ウヨク的)を受け入れてもなお、私の意見に同意できない、ということですね。
であれば、ここでは、ここの言論を何と括っても差し支えないのです。ウヨクでもサヨクでもテロリズムでもスケベな親爺の集団でも、そんなことはどうでもよい。つまり、この議論は「前提」の賛同など最初から不要なわけです。問題なのは、最初の方にまとめた鍵括弧内の私の等式が理屈として妥当か否か、それだけです。
で、それに対する choimachina さんの反論(>嗜好に合わないけど 〜中略〜 限らないでしょ?)ですが、そんなの当たり前なんです。ですが、それは少ない方のケースなわけだから、多くはその逆で、嗜好に合って読んでる人が多いですよ、と繰り返し執拗に説いているのです。
そんなわけで、ここの言論はウヨク的を「前提」でいうなら、
ここの多数派ロム専者=ウヨク
は成立します。いささか注意深く等式を書き換えるなら、
ここの多数派ロム専者=ウヨク的言論を好む人たち、
といったところでしょうか。それが成立しないと言い張れる唯一の反論は、
人は嗜好に合った書物を好んで読むとはいえない、
という考えを基礎に置くほかないのですが、choimachina さんはそういう言い方はなされていないようです。となると、人は嗜好に合った書物を好んで読むという私の基本的考えに同意されたものと見做されます。にもかかわらず、それでもまだ成立しないとか叫んでますが、私の理屈がどう間違いなのか、その説明文がいっさいない以上、議論のルールとしては私の言い分を認めるほかありません。
ところで、すり替えだと散々わめいて、そのすり替えをほとんど示せなかったどっかの「バカ」のように、反論もできないのに論破された結論に固執してただひたすら吠える、こういう態度が私をうんざりさせているのです。 choimachina さんとの議論が「面倒」なのは、そういうところです。
さあ、どうでしょうか?
ところで、「紛い物」の方法論と本物のそれとは如何にして識別されるのでしょうか? 両者の違いとは何だとおっしゃるのですか? 「根拠を執拗に迫る」ことが「紛い物」の方法論にすらなり得ないとはすでに述べました。なぜなら、「根拠を執拗に迫る」のは、とうぜん書かれるべき根拠が何も示されず結論だけが先行している、という事態に対処して、議論の流れの中で必然的に発生する素朴な質問事項にすぎないからです。私に言わせれば、これを指して「紛い物」とはいえ方法論に含めて考える choimachina さんの整理の仕方に首を傾げる次第ですが、それはさておき、私のある振る舞いを「紛い物」だと罵った以上、それらの真偽を峻別する基本的考えがもちろんあるはずです。
それをお答え下さい。
>その「前提」に賛同したことなど、皆無ですよ
だからこそこの退屈な議論に未だ終止符が打たれずここまで継続しているわけですから、そんなことはわかってますが、この場合、その「前提」で論を進めて問題ないはずです。なぜなら、ここで問われているのは、ここの言論はウヨク的か?という中心主題を巡るそれではないからです。
では、いまここで何が問われているのでしょうか?
以前、私はこういうように言いました。
「人は自分の嗜好に合った書物を好んで読むものだから、ここのロム専者さんの多くはここの意見に近いものがある」
それに対して、choimachina さんは、
>嗜好に合わないけど読んでいる読書の形態としては少ない方のケースであるのが、parkさんの場合だけとは限らないでしょ?
とか反論されたのです。つまり、choimachina さんは、ここのロム専者の多くが嗜好に合った書物を読む姿勢でここを読んでるとはいえない、と言いたいわけですよね? さらに、
>『ROM専』なんですから、その嗜好など推し量る術もないでしょうが
と、ロム専者の嗜好などまったく見当もつかないはずだ、とおっしゃっているわけです。
しかし、私はこれまで延々と、ロム専という特質ゆえに意見がまったく表明されないかれらの嗜好を推測する考えを明示した上、それを拠り所に論を展開しているのだから、それに対する直裁な反論ではない上記の如く投げやりな呟きは無効ですが、それは後述することにし、ここでの本題に戻してみれば、この場合、私の仮定(ここの言論=ウヨク的)を受け入れてもなお、私の意見に同意できない、ということですね。
であれば、ここでは、ここの言論を何と括っても差し支えないのです。ウヨクでもサヨクでもテロリズムでもスケベな親爺の集団でも、そんなことはどうでもよい。つまり、この議論は「前提」の賛同など最初から不要なわけです。問題なのは、最初の方にまとめた鍵括弧内の私の等式が理屈として妥当か否か、それだけです。
で、それに対する choimachina さんの反論(>嗜好に合わないけど 〜中略〜 限らないでしょ?)ですが、そんなの当たり前なんです。ですが、それは少ない方のケースなわけだから、多くはその逆で、嗜好に合って読んでる人が多いですよ、と繰り返し執拗に説いているのです。
そんなわけで、ここの言論はウヨク的を「前提」でいうなら、
ここの多数派ロム専者=ウヨク
は成立します。いささか注意深く等式を書き換えるなら、
ここの多数派ロム専者=ウヨク的言論を好む人たち、
といったところでしょうか。それが成立しないと言い張れる唯一の反論は、
人は嗜好に合った書物を好んで読むとはいえない、
という考えを基礎に置くほかないのですが、choimachina さんはそういう言い方はなされていないようです。となると、人は嗜好に合った書物を好んで読むという私の基本的考えに同意されたものと見做されます。にもかかわらず、それでもまだ成立しないとか叫んでますが、私の理屈がどう間違いなのか、その説明文がいっさいない以上、議論のルールとしては私の言い分を認めるほかありません。
ところで、すり替えだと散々わめいて、そのすり替えをほとんど示せなかったどっかの「バカ」のように、反論もできないのに論破された結論に固執してただひたすら吠える、こういう態度が私をうんざりさせているのです。 choimachina さんとの議論が「面倒」なのは、そういうところです。
これは メッセージ 95701 (choimachina さん)への返信です.
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