「昭和天皇メモ」の胡散臭さ 2
投稿者: tanqueray6253 投稿日時: 2006/08/03 21:49 投稿番号: [95526 / 99628]
>(その1)昭和天皇発言メモの真偽や信頼度
まず一番大事な問題は、発言メモ自体の信憑性だろう。
これがきちんと検証されない限り、メモの内容の議論には進めない。
ところが、例えば・・・
「昭和天皇が参拝されなくなったのはA級戦犯合祀である
ことが裏付けられた。分祀論が加速するだろう」
(神崎武法公明党代表)
「文句なしに決着した。解釈は入らない。この問題に関しては
結論が出たと考えていい」(半藤一利さん)
「昭和天皇が靖国神社に参拝しなくなった理由については、
元側近の回想録などから、これまでもA級戦犯合祀への
不快感という見方が定説化しつつあったが、
今回のメモでそれが裏付けられた」(秦郁彦さん)
など、実際にメモを科学的に検証もせずに、
メモを信じた発言がけっこうあったのには、驚くと同時に、
失望させられた。
そういう盲信的姿勢とは異なり、
櫻井よしこさんは、週刊新潮(8月3日号)で、
「富田メモを分祀推進の政治的動きに直結
させてよいのか。そもそも富田メモは
どれだけ信頼出来るのか」
と、メモの真偽を問うという、当然の疑義をはさんでいる。
メモが書かれた88年4月28日当時の昭和天皇の
病状が、すでにガンにおかされ、
相当お加減の悪い時期と重なっていたことを考えると、
体調がすぐれないときの発言は通常以上に慎重に
吟味しなければならない、と櫻井さんは言うのだ。
これはまったく正当な判断である。
今日届いた平河総合戦略研究所メルマガ(2006年8月1日 NO.077号)で、
研究所代表理事の奥山篤信さんは、
「推論 このメモの「私」とは天皇以外の人物である
可能性があり、この人物が徳川侍従長(いわゆるA級
戦犯合祀に大反対)という説もある。国会図書館で
このころの会見についての時系列を調べたが真相はわからない。
少なくとも徳川侍従長の勇退会見は4月12日であり
28日にあったという事実は今のところ確証が見出せない」
という推論を述べた上に、日本経済新聞の報道の仕方にも言及している。
「何よりも色も異なる紙とインキのメモを糊(のり)と
手帳に貼り付けられている作為的な事実と、
三枚あると見られるメモの内の一枚だけを
公表した点である」
こういう検証をまったく抜きにして、
国民(読者)の前にスクープの名のもとに、
いきなり「天皇の不快感が靖国合祀にあり」と
先に結論ありきのような記事がつきつけられたことは
見逃すべきではない。
さらに、一般的に、読者の多くは、A級戦犯合祀、昭和天皇、
天皇が主役を演じていた戦前・戦後の歴史にあまり詳しくないのであるから、
そういう配慮さえない、いかにも功名を狙ったような
報道の仕方そのものに問題があったと言えよう。
昭和天皇が不快感→A級戦犯合祀だから→
靖国神社へ行きづらい→では、分祀だ
こんな風な流れにもって行かれそうな雰囲気だ。
国家的な問題なんだから、
ムードに流されず、
ちゃんとメモを検証してから
報道してほしいもの
と強く思う。
(その2)富田メモの影響と波及
第二の問題がこれ。
いろいろとメモ自体の信憑性を問う意見が多いにもかかわらず、
メモは昭和天皇発言を写しているかのように決め付けて、
すでに、政治的、社会的にさまざまな影響が起きている。
要するに、メモが一人歩きしているのだ
もし昭和天皇がA級戦犯合祀を「不快」と感じられ、
それを靖国神社を親拝しない理由にあげられたのならば、
A級戦犯及び、名指しされた松岡洋右さんや白鳥さん、
松平家のご遺族はちょっと耐えられない気持になるだろう。
こういう個人的感情への波及への懸念もさることながら、
憲法上、その発言に制限を課されてきた昭和天皇の発言メモを
すでに崩御されている天皇ご自身の弁明・説明もできない状態で、
発表されれば、政治イデオロギーに利用されることは
当たり前だったと言える。
政治的利用なんて、
護憲の昭和天皇が一番嫌らわれた形ではないか。
(つづく)
http://blog.nikkansports.com/general/yoshida/2006/08/post_118.html
まず一番大事な問題は、発言メモ自体の信憑性だろう。
これがきちんと検証されない限り、メモの内容の議論には進めない。
ところが、例えば・・・
「昭和天皇が参拝されなくなったのはA級戦犯合祀である
ことが裏付けられた。分祀論が加速するだろう」
(神崎武法公明党代表)
「文句なしに決着した。解釈は入らない。この問題に関しては
結論が出たと考えていい」(半藤一利さん)
「昭和天皇が靖国神社に参拝しなくなった理由については、
元側近の回想録などから、これまでもA級戦犯合祀への
不快感という見方が定説化しつつあったが、
今回のメモでそれが裏付けられた」(秦郁彦さん)
など、実際にメモを科学的に検証もせずに、
メモを信じた発言がけっこうあったのには、驚くと同時に、
失望させられた。
そういう盲信的姿勢とは異なり、
櫻井よしこさんは、週刊新潮(8月3日号)で、
「富田メモを分祀推進の政治的動きに直結
させてよいのか。そもそも富田メモは
どれだけ信頼出来るのか」
と、メモの真偽を問うという、当然の疑義をはさんでいる。
メモが書かれた88年4月28日当時の昭和天皇の
病状が、すでにガンにおかされ、
相当お加減の悪い時期と重なっていたことを考えると、
体調がすぐれないときの発言は通常以上に慎重に
吟味しなければならない、と櫻井さんは言うのだ。
これはまったく正当な判断である。
今日届いた平河総合戦略研究所メルマガ(2006年8月1日 NO.077号)で、
研究所代表理事の奥山篤信さんは、
「推論 このメモの「私」とは天皇以外の人物である
可能性があり、この人物が徳川侍従長(いわゆるA級
戦犯合祀に大反対)という説もある。国会図書館で
このころの会見についての時系列を調べたが真相はわからない。
少なくとも徳川侍従長の勇退会見は4月12日であり
28日にあったという事実は今のところ確証が見出せない」
という推論を述べた上に、日本経済新聞の報道の仕方にも言及している。
「何よりも色も異なる紙とインキのメモを糊(のり)と
手帳に貼り付けられている作為的な事実と、
三枚あると見られるメモの内の一枚だけを
公表した点である」
こういう検証をまったく抜きにして、
国民(読者)の前にスクープの名のもとに、
いきなり「天皇の不快感が靖国合祀にあり」と
先に結論ありきのような記事がつきつけられたことは
見逃すべきではない。
さらに、一般的に、読者の多くは、A級戦犯合祀、昭和天皇、
天皇が主役を演じていた戦前・戦後の歴史にあまり詳しくないのであるから、
そういう配慮さえない、いかにも功名を狙ったような
報道の仕方そのものに問題があったと言えよう。
昭和天皇が不快感→A級戦犯合祀だから→
靖国神社へ行きづらい→では、分祀だ
こんな風な流れにもって行かれそうな雰囲気だ。
国家的な問題なんだから、
ムードに流されず、
ちゃんとメモを検証してから
報道してほしいもの
と強く思う。
(その2)富田メモの影響と波及
第二の問題がこれ。
いろいろとメモ自体の信憑性を問う意見が多いにもかかわらず、
メモは昭和天皇発言を写しているかのように決め付けて、
すでに、政治的、社会的にさまざまな影響が起きている。
要するに、メモが一人歩きしているのだ
もし昭和天皇がA級戦犯合祀を「不快」と感じられ、
それを靖国神社を親拝しない理由にあげられたのならば、
A級戦犯及び、名指しされた松岡洋右さんや白鳥さん、
松平家のご遺族はちょっと耐えられない気持になるだろう。
こういう個人的感情への波及への懸念もさることながら、
憲法上、その発言に制限を課されてきた昭和天皇の発言メモを
すでに崩御されている天皇ご自身の弁明・説明もできない状態で、
発表されれば、政治イデオロギーに利用されることは
当たり前だったと言える。
政治的利用なんて、
護憲の昭和天皇が一番嫌らわれた形ではないか。
(つづく)
http://blog.nikkansports.com/general/yoshida/2006/08/post_118.html
これは メッセージ 95504 (tanqueray6253 さん)への返信です.
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