Re: 醜い在日韓国人擁護・・・(続き)
投稿者: youreihi 投稿日時: 2006/06/18 12:50 投稿番号: [94604 / 99628]
福岡氏は、この不当なタカリを「正当な理由がある」と言い張る。だが彼は、清算が終わっている事実を否定する論理など持ち合わせてもおらず、それを論証する気もない。それに替えて正体不明の被害・加害感情を振りかざすのが詐欺師の手口だ。彼がタカリの「正当な理由」と称するものは、韓国人に対して「引け目を感じる日本人」がいることだという。そもそも、何故「引け目を感じる」のか。組織的反日教育によって、日本人に対する偏見を植え付けられ、盲目的な被害者意識を煽られた韓国人の「作られた反日世論」と、それを背景に加害者意識を強要する、福岡氏のような日本の似非「進歩的知識人」の宣伝によって、不当に「引け目を感じさせられている」だけではないか。
そうした反日宣伝がいかに欺瞞に満ちた悪質な詐欺行為か。吉田清二などの捏造本や、「誤報」によって演じられた教科書干渉劇。60年に渉って延々と続けられた反日の既成事実化のための猿芝居の愚かな内実を正視するならば、彼等が宣伝し続けた反日が、いかに正義を冒涜する邪悪な嘘かは明白だ。「論理」によって裏付けられた正邪の別を度外視し、不当に操作された感情論をもって、論理を封じようとする。非論理的な政策を強要して、何が解決するというのか。「戦後補償など必要ない」「引け目など感じる必要はない」という、論理に裏付けられた正義に対して、在日との正常な関係に「役立たない」と言い張る。「役に立つか立たないか」と言えば、それは「正義か否か」とは別問題だから、相手は反論を諦めるとでも思っているのだろう。だが、正義が役立たないとしたら、その「役に立てる」対象は不正義そのものだと告白しているようなものだ。彼の言う「在日との正常な関係」は正義に反するものだという事になる。
彼の言う正常な関係とは、つまり「在日の不当な利得」という事以外の何物でもないのだ。そんなものは正常でも友好でもない。何正常な関係とは、対等な関係以外の何物にも立脚しない。在日との真に正常な関係を築くためには、韓国人に対するおかしな引け目の非論理性を明かし、おかしな引け目を消滅させる以外にはない。そして、そうした引け目を要求する反日韓国人や、それらを支援する反日左翼を完膚なきまでに粉砕し、在日と日本人の間を裂く元凶を徹底的に排除すること無しには不可能だ。
韓国人は言う。「罪を償っても、人殺しである事に変わりはない」と・・・。日韓併合時の国際常識や、そこに至るまでの韓国の行動(国際情勢から目を背け、小中華的な日本蔑視を続け、あまつさえ凶悪な帝国ロシアに擦り寄る・・・等)などを考えれば、「罪」だの「人殺し」だのという粗雑な喩えが、いかに愚劣なものかが一目瞭然だ。ましてや「人殺しであることを自覚しろ」という要求そのものが、つまりは「韓国人に対して引け目を感じて不利な立場に立ち続けろ」という傲慢な主張そのものではないか。そうした不平等な「立場の落差」の要求こそが、彼等が強弁する「正しい歴史認識」そのものであり、在日擁護派の言う「戦後補償をやり直せば引け目を感じなくて済むようになる」などというのは大嘘だ。それは「慰安婦問題」で韓国人の感情を受け入れた「河野談話」が、結局は韓国人の強欲を付け上がらせただけ(そうなるであろう事を散々警告されていたにも拘らず)に終わったという、あまりにお粗末な教訓劇を見れば一目瞭然だ。
もちろん、被害者意識の愚かさを自覚し、反日を戒める良心的な在日が存在しないわけではない。「在日差別」なるものが存在しない事実を指摘する人も多い。しかし、福岡氏や彼が支持する被害者意識に充満した在日韓国人が、集団としての在日の立場を代表して、不公正な被害者意識を振りかざして傲慢な要求を続ける以上、彼等は「在日全体の責任」においてその結果を受け止める他はない。不幸なことではあるが、同情すべきものではない。在日が犯している過ちは、在日自身が正すほかは無く、そうした是正を促すものは、過ちによって発生する不利益(この場合は、日本人に嫌われるという現実)以外には無い。
そうした反日宣伝がいかに欺瞞に満ちた悪質な詐欺行為か。吉田清二などの捏造本や、「誤報」によって演じられた教科書干渉劇。60年に渉って延々と続けられた反日の既成事実化のための猿芝居の愚かな内実を正視するならば、彼等が宣伝し続けた反日が、いかに正義を冒涜する邪悪な嘘かは明白だ。「論理」によって裏付けられた正邪の別を度外視し、不当に操作された感情論をもって、論理を封じようとする。非論理的な政策を強要して、何が解決するというのか。「戦後補償など必要ない」「引け目など感じる必要はない」という、論理に裏付けられた正義に対して、在日との正常な関係に「役立たない」と言い張る。「役に立つか立たないか」と言えば、それは「正義か否か」とは別問題だから、相手は反論を諦めるとでも思っているのだろう。だが、正義が役立たないとしたら、その「役に立てる」対象は不正義そのものだと告白しているようなものだ。彼の言う「在日との正常な関係」は正義に反するものだという事になる。
彼の言う正常な関係とは、つまり「在日の不当な利得」という事以外の何物でもないのだ。そんなものは正常でも友好でもない。何正常な関係とは、対等な関係以外の何物にも立脚しない。在日との真に正常な関係を築くためには、韓国人に対するおかしな引け目の非論理性を明かし、おかしな引け目を消滅させる以外にはない。そして、そうした引け目を要求する反日韓国人や、それらを支援する反日左翼を完膚なきまでに粉砕し、在日と日本人の間を裂く元凶を徹底的に排除すること無しには不可能だ。
韓国人は言う。「罪を償っても、人殺しである事に変わりはない」と・・・。日韓併合時の国際常識や、そこに至るまでの韓国の行動(国際情勢から目を背け、小中華的な日本蔑視を続け、あまつさえ凶悪な帝国ロシアに擦り寄る・・・等)などを考えれば、「罪」だの「人殺し」だのという粗雑な喩えが、いかに愚劣なものかが一目瞭然だ。ましてや「人殺しであることを自覚しろ」という要求そのものが、つまりは「韓国人に対して引け目を感じて不利な立場に立ち続けろ」という傲慢な主張そのものではないか。そうした不平等な「立場の落差」の要求こそが、彼等が強弁する「正しい歴史認識」そのものであり、在日擁護派の言う「戦後補償をやり直せば引け目を感じなくて済むようになる」などというのは大嘘だ。それは「慰安婦問題」で韓国人の感情を受け入れた「河野談話」が、結局は韓国人の強欲を付け上がらせただけ(そうなるであろう事を散々警告されていたにも拘らず)に終わったという、あまりにお粗末な教訓劇を見れば一目瞭然だ。
もちろん、被害者意識の愚かさを自覚し、反日を戒める良心的な在日が存在しないわけではない。「在日差別」なるものが存在しない事実を指摘する人も多い。しかし、福岡氏や彼が支持する被害者意識に充満した在日韓国人が、集団としての在日の立場を代表して、不公正な被害者意識を振りかざして傲慢な要求を続ける以上、彼等は「在日全体の責任」においてその結果を受け止める他はない。不幸なことではあるが、同情すべきものではない。在日が犯している過ちは、在日自身が正すほかは無く、そうした是正を促すものは、過ちによって発生する不利益(この場合は、日本人に嫌われるという現実)以外には無い。
これは メッセージ 94603 (youreihi さん)への返信です.
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