Re: 現代の価値観で過去を考えることを回避
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2005/12/24 17:43 投稿番号: [93176 / 99628]
(続きです)
さて、とはいえ、そういう哲学論議はどうでも良しとしましょう。ここでは「自己愛史観」をもっと普通に考えてみます。
>現在の価値観で「他民族を支配することはいけない」と今は認識されているでしょう。しかし1900年当時、それを回避してなおかつ自分たちの安全を保つ手段が他にあったでしょうか?
日本がアジアに侵略したり植民地支配しなければ、逆にやられてた、これは自衛戦争、つまり正義の戦争だった、今では批判されるが当時はどうしようもなかったのだ、日本の指導者が日本人と国土の安全のためにしたことなんだ、だから責任を今問うのは理不尽だ、
と、hidarino5 さんは主張されたいのだと思います。
これは、要するに、戦争責任論にも関連しての問いかけでしょうが、まず、「アジアに対する責任」と「日本人に対する責任」、これらを分けて考えるのが妥当ですね。
アジアに対しては、カンペキに責任有りと考えます。すなわち、有罪ですね。というのは、そんなの日本の身勝手な行動に過ぎないからです。侵略された側は迷惑なのです。その視点に立てば、お前らの生き残りのためになんで鉄砲担いで俺らの土地にやって来るんだ、ってとこでしょうね。そういうふうに立場を逆に考えて下さい。迷惑千万なのが、子供でも想像できます。そんなわけで、完全に有罪です。
では、日本人に対する責任ですが、植民地支配に関しては、日本人に被害者がいないという理由で、とうぜん無罪となります。(それでも、中国残留孤児の問題とかは残りますから無罪と言い切る自信もないのですが、ひとまずそれは留保します)
では戦争についてはどうでしょうか? これはやはり有罪と言わざるをえないですね。勝てる見込みのない戦争に突入したわけです。当時の指導者たちは勝てると思ったのかどうか知りませんが、勝てないと考えた人なんてゴロゴロいましたよね。共産主義者のみならず、市井のインテリ、学のない庶民の生活感覚から来る鋭い直感、真相を見抜いた人間なんてゴロゴロゴロゴロいましたね。しかし、そういう人たちの言論は妄信的な「愛国」教信者によって封印されてしまった、とは前にも述べました。(くどいようですが)
つまり、情勢判断を誤った、指導者がどうしようもなくバカだった、という点で責任は免れないですね。アメリカに喧嘩売るなんて、人気のない路地裏でマイク・タイソンにイチャモンつけてるようなものです。ボコボコにされておしまい、なんて結果は目に見えてるわけです。なのに、喧嘩を売った。その結末が人類史上未曾有の大惨劇「広島長崎」となるわけです。(ちなみに、敗戦の決断が早ければ、これは防げました。靖国を言うのなら、とうぜん原爆ドームにも行かれましたよね?)
つまり、バカがバカな判断をして、悲惨な結果を招いたわけです。そのバカどもを合法的に選んだ国民もまたバカだったかもしれないし、そのメカニズムを解明するのは、hidarino5 さんも指摘なされたように重要ですが、それはそれで別の話。
というわけで、「戦争」については「仏教」の例とは異なり、他に選択肢はあったけれども、それを取らなかった、という点でまったく比較が成立しないのです。(前にも書いたと思いますが)
>大東亜戦争の際の日本兵の気持ちを感じたりすることが出来るわけです
ならば、その日本軍に殺された無辜の民にも目を向けて、その「魂」を感じてもらえないですか?
ハッキリいうと、「自己愛史観」の賛同者というのはワガママなガキなんですよ。自分のことしか考えない、救い難いほどに未「成熟」な坊やなわけ。最近、自分を「王子」と呼ばせ、女の子を監禁したりしたアホなガキがニュースになったりしてましたが、「ナルシズム的」に自己愛だけが肥大化した「自己愛史観」が育てる日本人って、行き着くところ、あの手のガキですね。自分だけがかわいくて、自分だけが立派で、他者はみんなクズ。弱者に対する思いやりなどとうぜん皆無。そもそも他人の立場で考えるという想像力がまるでない。自分は「王子」、周囲はそんな自分にかしずくべきだと本気で夢想する。だから「チョン」とか平気で言うし、「朝鮮人には能力がない」なんて言って悦に入る。言われた側の感情などまったく眼中にない。怖ろしく傲岸不遜なガキですね。そんなガキどもを作ろうとしてるわけです。それでいいのですか?
そういう日本人を育てようとしている「歴史教育」に危惧を抱かない hidarino5 さんが「愛国者」、というのはちゃんちゃら可笑しいですね。
さて、とはいえ、そういう哲学論議はどうでも良しとしましょう。ここでは「自己愛史観」をもっと普通に考えてみます。
>現在の価値観で「他民族を支配することはいけない」と今は認識されているでしょう。しかし1900年当時、それを回避してなおかつ自分たちの安全を保つ手段が他にあったでしょうか?
日本がアジアに侵略したり植民地支配しなければ、逆にやられてた、これは自衛戦争、つまり正義の戦争だった、今では批判されるが当時はどうしようもなかったのだ、日本の指導者が日本人と国土の安全のためにしたことなんだ、だから責任を今問うのは理不尽だ、
と、hidarino5 さんは主張されたいのだと思います。
これは、要するに、戦争責任論にも関連しての問いかけでしょうが、まず、「アジアに対する責任」と「日本人に対する責任」、これらを分けて考えるのが妥当ですね。
アジアに対しては、カンペキに責任有りと考えます。すなわち、有罪ですね。というのは、そんなの日本の身勝手な行動に過ぎないからです。侵略された側は迷惑なのです。その視点に立てば、お前らの生き残りのためになんで鉄砲担いで俺らの土地にやって来るんだ、ってとこでしょうね。そういうふうに立場を逆に考えて下さい。迷惑千万なのが、子供でも想像できます。そんなわけで、完全に有罪です。
では、日本人に対する責任ですが、植民地支配に関しては、日本人に被害者がいないという理由で、とうぜん無罪となります。(それでも、中国残留孤児の問題とかは残りますから無罪と言い切る自信もないのですが、ひとまずそれは留保します)
では戦争についてはどうでしょうか? これはやはり有罪と言わざるをえないですね。勝てる見込みのない戦争に突入したわけです。当時の指導者たちは勝てると思ったのかどうか知りませんが、勝てないと考えた人なんてゴロゴロいましたよね。共産主義者のみならず、市井のインテリ、学のない庶民の生活感覚から来る鋭い直感、真相を見抜いた人間なんてゴロゴロゴロゴロいましたね。しかし、そういう人たちの言論は妄信的な「愛国」教信者によって封印されてしまった、とは前にも述べました。(くどいようですが)
つまり、情勢判断を誤った、指導者がどうしようもなくバカだった、という点で責任は免れないですね。アメリカに喧嘩売るなんて、人気のない路地裏でマイク・タイソンにイチャモンつけてるようなものです。ボコボコにされておしまい、なんて結果は目に見えてるわけです。なのに、喧嘩を売った。その結末が人類史上未曾有の大惨劇「広島長崎」となるわけです。(ちなみに、敗戦の決断が早ければ、これは防げました。靖国を言うのなら、とうぜん原爆ドームにも行かれましたよね?)
つまり、バカがバカな判断をして、悲惨な結果を招いたわけです。そのバカどもを合法的に選んだ国民もまたバカだったかもしれないし、そのメカニズムを解明するのは、hidarino5 さんも指摘なされたように重要ですが、それはそれで別の話。
というわけで、「戦争」については「仏教」の例とは異なり、他に選択肢はあったけれども、それを取らなかった、という点でまったく比較が成立しないのです。(前にも書いたと思いますが)
>大東亜戦争の際の日本兵の気持ちを感じたりすることが出来るわけです
ならば、その日本軍に殺された無辜の民にも目を向けて、その「魂」を感じてもらえないですか?
ハッキリいうと、「自己愛史観」の賛同者というのはワガママなガキなんですよ。自分のことしか考えない、救い難いほどに未「成熟」な坊やなわけ。最近、自分を「王子」と呼ばせ、女の子を監禁したりしたアホなガキがニュースになったりしてましたが、「ナルシズム的」に自己愛だけが肥大化した「自己愛史観」が育てる日本人って、行き着くところ、あの手のガキですね。自分だけがかわいくて、自分だけが立派で、他者はみんなクズ。弱者に対する思いやりなどとうぜん皆無。そもそも他人の立場で考えるという想像力がまるでない。自分は「王子」、周囲はそんな自分にかしずくべきだと本気で夢想する。だから「チョン」とか平気で言うし、「朝鮮人には能力がない」なんて言って悦に入る。言われた側の感情などまったく眼中にない。怖ろしく傲岸不遜なガキですね。そんなガキどもを作ろうとしてるわけです。それでいいのですか?
そういう日本人を育てようとしている「歴史教育」に危惧を抱かない hidarino5 さんが「愛国者」、というのはちゃんちゃら可笑しいですね。
これは メッセージ 93175 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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