韓国ふざけんな

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文化の受容 続き

投稿者: hidarino5 投稿日時: 2005/12/24 06:13 投稿番号: [93171 / 99628]
例示します。

  1542年世紀に種子島にポルトガル船が漂着しました。ポルトガル船には一丁の「鉄砲」が積んでありました。
  そして1600年、関が原の合戦。「鉄砲隊」同士の戦いでした。わずか60年の間に当時は具体的な統計はありませんでしたが「世界でも最強の鉄砲隊」をそろえたのが日本の戦国大名です。織田信長の戦術ではないですが、その鉄砲隊の戦い方をも整備してしまったのが日本人の「コピー文化」なんですね。

  朝鮮出兵で日本は鉄砲隊が半島に行ったわけですが、結局「鉄砲の国産化」はやろうという発想すらないのが「半島」です。

  またそれ以前には「儒教」があり、その理解度をはかり、また国家官僚を登用する制度に「科挙」というものがありました。

  日本の場合「殿様の子供は殿様、農民の子供は農民」というようにある程度身分が固定された部分もありました。もちろん「ある程度」ですから本人の実力次第では町民からの幕府に取り立てられるなんて例もざらです。硬直はしていません。

  もちろん科挙は中国で生み出されたシステムですが、半島を、そして半島を通じて(???)日本にも伝わってきました。

  科挙を「まんま」半島では導入しましたけれども日本ではどの政権も取り入れようとしませんでした。

  また、平城京は唐の長安を手本に作られた都であるわけですが、長安と平城京(平安京だったかも・・・)の決定的な違いをご存知ですか?
  「城壁」の有無なんですよ。これは中国に限ったことではなく欧州も朝鮮半島もそうなんですが「城=街」なんですよ。街ごと城壁で囲んでしまったわけです。その中で生産を行い消費をしてという一つの「都市国家」なんですよ。
  日本の「都」や「都市」では城壁という概念がありません。唯一例外といえるのが戦国時代の相模の国小田原城です。上杉謙信や武田信玄の侵攻にも小田原城が耐えることが出来たのは、小田原が背景を海とした城壁都市だったという点があります。それに対し豊臣秀吉は圧倒的な物量をもって兵糧攻めにしてようやく陥落させたわけですが、この小田原城の例はあくまで例外で、日本の城といえば拠点であって軍事施設であったわけです。まぁ石山本願寺もその例外に当てはまるかもしれませんが。そして戦国時代も成熟してくると山城から平地に降りてくるわけなんです。

  またキリスト教もそうです。日本では「弾圧」に至ったことは小学生でも知ってることです。

  日本の文化は「他国の文物を自らのいいように形を変えて受容」する能力があるのです。「まんま」ではないですし、「取捨選択」もしているんですよ。

  今の例のように日本の文化のそれは他の文化の「いいとこどり」が出来るところにあるんですよ。

  まぁ最近、日本の独特の運営では結局外国に勝てないという判断をしたわけで、制度の「欧米化」というのは進んでいますけど、内容に関しては詳しくないですが同じ資本主義でも例えば企業会計なんかは欧米のそれと違いますし、「基本的人権」に基づいた民法なんかでも欧米のそれとは違うわけです。

  韓国の民放や刑法は日本のそれの「まんま」です。日本の場合は「自らに合うように形を変えて受容」しています。

  この「差」は文化的背景、思想傾向に由来するわけなんですね。
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