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現代の価値観で過去を考えることを回避する

投稿者: hidarino5 投稿日時: 2005/12/22 01:11 投稿番号: [93127 / 99628]
  またしてもひだりのが失礼します。

>この考えには、「過去の価値観」と「現代の価値観」を公平に客体化できるのだ、という現代思想では完全に否定された形而上学的「神の視点」の存在を、無意識にか認めてしまっているような気がします。

  そんな難しいことはよくご存知なのに、日韓基本条約の援助金のことに関してご存じない、この辺の知識の吸収に日本の教育の歪んだ面を見たような気がします。

  それはさておき、

>よく聞く考えですが、どうやったら「現代の価値観」で語ることを回避できるのでしょうか?

  「魂」を感じるんです。日本歴史に流れる熱い魂を感じるんですよ。

  そしてその「魂」を尊敬する。それだけの感覚だと思います。

  現代の価値観とありますが、価値観以前に「過去は全ての学問が発達していない」ということをよく認識する必要があるわけです。

  歴史観、歴史を語る上で非常に重要な要因です。

  俗に言うところの自虐史観では、抜け落ちている視点が「魂」なのです。

  現在の価値観で「他民族を支配することはいけない」と今は認識されているでしょう。しかし1900年当時、それを回避してなおかつ自分たちの安全を保つ手段が他にあったでしょうか?

  700年代、台風や地震から民の安全を守る手段として「神仏にすがる」意外の手段が考えられたでしょうか?

  魂を感じるとは、時の難題に対処した人が「一体何を果たさんがためにその選択をしたのか?」ということを考えれば自ずと感じられるものではないかと思うのです。

  「現在の価値観で語る」ことを回避していかないと、古代史が「略奪」の歴史に見え、江戸時代史が民衆抑圧の歴史に見える、そういうことにつながってくるわけです。
  後出しじゃんけんよろしく歴史を後で語り「こうすればよかった」「この選択は非人道的」とか批判するってのはいたって簡単。でも当時その歴史に携わった人はそうは考えていない。当時の人たちが何を思ったかを考えることこそ「魂を感じること」であり、現在の価値観からの脱却になるのかなと思います。

  まぁ自分も偉そうに書いたわりには大して実践していないのですが、「昔の人の日記、手記を読む」といいんですよね。また万葉集ではないですが、古くは歌(短歌)です。日本には短歌と言う形で人々の心を語ったものが多く残されています。これは非常に幸せなことなんですよね。当時の人々の価値観をうかがい知ることが出来ますから。
  そういうものを観ることによって、例えば大宰府の防人の魂を感じたり、また大東亜戦争の際の日本兵の気持ちを感じたりすることが出来るわけです。

  例えば、靖国神社を批判する立場の人にだいたい言えるのが「参拝はおろか行った事、資料館すら見たことない」ということです。靖国神社の資料館には当時の人の気持ちをつづった歌や日記が多く残されているわけです。そういうものにふれることは僕は大事なことだと思っていますが・・・
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