Re: 現在の価値観と当時の価値観
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2005/12/21 16:59 投稿番号: [93117 / 99628]
重ね重ねになりますが、率直に申し上げます。
>何か凡人の私には理解を超えたとてつもなく鋭くうがった考察を展開しているのだ、と自分に言い聞かせ、よーく吟味しましたが、
よーく吟味しても無駄でしょう。根本的に「基礎知識」が違いすぎました。自分が前提にしていることをわかっていなければ理解できません。
ということで、さらに噛み砕いて説明しましょう。
>ほう、なぜ批判が仏教に向かうのですか? 「仏教は怪しからん」? ここで問われるのは、その仏教に金を費やしさらなる貧困を招いたその当時の指導者でしょ? 仏教は人ではないのです。どうやって責任をとるのですか?
「その仏教に金を費やし更なる貧困を招いた」という部分、こういうことをひっくるめて「仏教に対する批判」という意味で書いたわけです。
「仏教に金を使うのなら、灌漑や治水事業に金を回せ」というのが考えでしょう。
じゃあ「その時代の土木工学のレベル」を考えてみてください。まず歴史の考察はそこから始めないといけません。
当時の科学は「仏法」でした。水害のメカニズムも台風のメカニズムも知らない当時の人たちには「神仏にすがる」という方法しかないんですよ。そしてその結果は気象学の発達し、土木技術が発達した現代からみればちゃんちゃらおかしなことをしているわけです。
例えば歴史の授業では「東大寺建立のおかげで庶民が飢えた」という結論になりますが、そこに決定的に抜け落ちている視点が「当時の土木のレベル」なんですよ。平安時代の仏教が台風のメカニズムを解明したのか?していません。ただただ台風の被害を避けるためにはどうすればいいのかを考えた、そしてその結果が「大仏」であって「国分寺」なんですね。
僕が「結果論」と書いたのはそういうことなんですよ。
大東亜戦争もそういうことなんです。
例えば日本が大東亜戦争を戦った「おかげで」東南アジアが独立できたというのは「事実」です。(結果論のみで考えるのなら大いに讃えるべきなのに不思議とこの事実に目を瞑る人って多いですよね。矛盾か・・・)ところが、新しい歴史教科書はこれを「結果論」で扱っています。
何で結果論なのかは面倒くさいので簡単に書きますが「開戦の詔勅」にその文言がふれられていないということなんです。歴史的なことやもっというなら人の行動には「意図」と「結果」があるわけなんですが、特に歴史で重要なのはその「意図」の方が重要なんですね。
反日日本人の特徴として、「意図」と「結果」を意図的に使い分けるという傾向があります。
典型的な例がparkavenuecanadaさんの書き込みであることはわかりますよね?
今の知識で批判するってのは至って簡単なんですよ。
>何か凡人の私には理解を超えたとてつもなく鋭くうがった考察を展開しているのだ、と自分に言い聞かせ、よーく吟味しましたが、
よーく吟味しても無駄でしょう。根本的に「基礎知識」が違いすぎました。自分が前提にしていることをわかっていなければ理解できません。
ということで、さらに噛み砕いて説明しましょう。
>ほう、なぜ批判が仏教に向かうのですか? 「仏教は怪しからん」? ここで問われるのは、その仏教に金を費やしさらなる貧困を招いたその当時の指導者でしょ? 仏教は人ではないのです。どうやって責任をとるのですか?
「その仏教に金を費やし更なる貧困を招いた」という部分、こういうことをひっくるめて「仏教に対する批判」という意味で書いたわけです。
「仏教に金を使うのなら、灌漑や治水事業に金を回せ」というのが考えでしょう。
じゃあ「その時代の土木工学のレベル」を考えてみてください。まず歴史の考察はそこから始めないといけません。
当時の科学は「仏法」でした。水害のメカニズムも台風のメカニズムも知らない当時の人たちには「神仏にすがる」という方法しかないんですよ。そしてその結果は気象学の発達し、土木技術が発達した現代からみればちゃんちゃらおかしなことをしているわけです。
例えば歴史の授業では「東大寺建立のおかげで庶民が飢えた」という結論になりますが、そこに決定的に抜け落ちている視点が「当時の土木のレベル」なんですよ。平安時代の仏教が台風のメカニズムを解明したのか?していません。ただただ台風の被害を避けるためにはどうすればいいのかを考えた、そしてその結果が「大仏」であって「国分寺」なんですね。
僕が「結果論」と書いたのはそういうことなんですよ。
大東亜戦争もそういうことなんです。
例えば日本が大東亜戦争を戦った「おかげで」東南アジアが独立できたというのは「事実」です。(結果論のみで考えるのなら大いに讃えるべきなのに不思議とこの事実に目を瞑る人って多いですよね。矛盾か・・・)ところが、新しい歴史教科書はこれを「結果論」で扱っています。
何で結果論なのかは面倒くさいので簡単に書きますが「開戦の詔勅」にその文言がふれられていないということなんです。歴史的なことやもっというなら人の行動には「意図」と「結果」があるわけなんですが、特に歴史で重要なのはその「意図」の方が重要なんですね。
反日日本人の特徴として、「意図」と「結果」を意図的に使い分けるという傾向があります。
典型的な例がparkavenuecanadaさんの書き込みであることはわかりますよね?
今の知識で批判するってのは至って簡単なんですよ。
これは メッセージ 93097 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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