補論。
投稿者: masamiti02 投稿日時: 2002/08/25 16:34 投稿番号: [65757 / 99628]
>19世紀後半から20世紀前半の価値観で「党争」は「不毛」だと考えていると思いますよ。
朝鮮国内における「党争」批判があったのは御指摘の通りです。また19世紀以降、朝鮮社会内部にも日本的改革に一定の共感を持つ人々が存在したことも、念のため付言しておきます。ただ私がいいたいのは、「党争」も含め、歴史的に形成された所与の政治システムが当時の朝鮮に存在しており、それが日本の明治維新型の改革をそっくり適用しうる性格のものでなかった、ということです。上の批判論や改革論も、(論者が意識していたかどうかはともかく)そうした朝鮮社会のシステムを踏まえた上での議論であったことを忘れてはならないと思います。
近代日本型の改革に相応しくない体制であったことが、アプリオリに否定的評価の対象となりうるのか、これが問題の核心です。
最後に。「歴史観」を頭ごなしに批判されても戸惑うほかありませんね。私は私なりに論証の手続きを踏んで述べているつもりです。あなたも説得的な議論を望むのであれば、然るべき方法をもって臨んで下さい。
これは メッセージ 65744 (hidarino5 さん)への返信です.
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