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自然人類学3

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 15:23 投稿番号: [60854 / 99628]
3 霊長類の研究
生物体としての人間は、猿や類人猿と同じ霊長類に属している。したがって近縁種にあたるヒヒやチンパンジー、ゴリラなどを研究対象にして、その群れの生活や行動、食性などをしらべることは、人類学にとって重要な研究分野になっている。

タンザニアの国立公園内で、数年にわたって野生チンパンジーの観察をつづけていたイギリスの人類学者グドールは、チンパンジーが小枝をつかってアリ釣りをしたり、石や棒をうまくなげるという事実を確認した。実験室内でも、チンパンジーが重い棒をつかって剥製(はくせい)のヒョウを攻撃したという観察例が報告されている。つまりチンパンジーは簡単な道具をつかう能力をもっているのである。チンパンジーが声や身振りで相手に意思をつたえることも確認された。

猿や類人猿の集団生活のあり方やコミュニケーションの方法についての研究は、遠い過去におこった人類の進化を理解するうえで重要な見通しをあたえてくれる。

4 日本の自然人類学 自然人類学の中心課題は人類の起源と系譜(→ 人類の進化)であろう。日本各地から出土する石の矢じりは古くから注目された。日本の先住民を学問的に論じたのはお雇い外国人である。モースは1877年(明治10)に大森貝塚を発掘し、プレ・アイヌ説をとなえた。ベルツは日本人を長州型と薩摩型の2型にわけ、前者は上流階級、後者は庶民にみられるとした。小シーボルトは文政年間に来日した父の大シーボルトの説をついでアイヌ説をとなえた。

日本人として最初に人類学を手がけたのは坪井正五郎であり、同志らと1884年に学会(後の日本人類学会)を創設した。彼は留学中にまなんだ英国流の人類学の普及につとめ、日本の先住民についてはアイヌの伝説によるコロボックル説をとなえたが、骨学的研究(→ 骨)によりアイヌ説をとなえる小金井良精はこれに反論し、激烈な論争があった。1920年(大正9)ごろには縄文文化と弥生文化の別がみとめられるようになり、鳥居竜蔵は前者はアイヌによるが、現代日本人は朝鮮半島をへて渡来し弥生文化をになった固有日本人から派生したと考えた。以上はいずれも交代説とよばれる。

清野謙次は石器時代から奈良朝(→ 奈良時代)まではたえず混血はあったとし、石器時代から金属器時代への移行期には生活変動により体質にめざましい変化があったと考えた。長谷部言人は文化の進歩により咀嚼(そしゃく)器や四肢の使用法がかわり、頭骨や四肢骨に変化はあったが、石器時代から現代まで日本人は遺伝的に連続すると説いた(→ 遺伝)。これらは移行説とよばれる。

太平洋戦争後になると、研究者の数がしだいにふえ、研究調査は活発になる。鈴木尚は膨大な人骨資料を収集、関東を中心とする人骨の形態の変遷の検討から縄文から弥生移行期と明治維新期に変動が大きいことを明らかにして、移行説を補強した。他方、金関丈夫は北九州、山口の弥生人骨をもとに朝鮮半島からの渡来を主張した。これは渡来説とよばれる。多数の解剖学者(→ 解剖学)からなる生体測定班(→ 年代測定法)の成果をもとに小浜基次は現代日本人を畿内型と東北・裏日本型にわけ、それぞれ朝鮮半島とアイヌに関連づけた。

今日の研究者は重点の置き方に若干の違いがあるが、移行説と渡来説を折衷する案を支持している。最近はたんに形態学だけでなく、人類遺伝学、考古学、年代学など幅広い領域との連係がすすむ一方、日本周辺の地域での調査が徐々に可能になり、その解明がすすめられている。重要なこととして、アイヌを欧米の学者はコーカソイド起源としたのに対し、今日の日本の人類学者はモンゴロイドの一員と考えている。山口敏はアイヌと縄文人との強い類似性を人骨の形態から指摘している。

自然人類学の教育機関としては1939年(昭和14)に東京大学理学部に人類学科、62年に京都大学理学部動物学教室に自然人類学研究室、68年に同大学に霊長類研究所がもうけられたが、各医科・歯科大学解剖学教室などからも自然人類学志望の研究者が多数でている。68年には東京と京都で第8回国際人類学民族学会議が開催された。その前後から自然人類学の研究は国内外で急速に広がり、骨の研究も運動との関連で検討され、とくに咀嚼、歩行(→ 直立二足歩行)の研究はすすんでいる。

人類進化との関連で霊長類の形態、生理機構・生化学的研究がなされ、今西錦司らによるニホンザルやチンパンジーなどの生態・行動の研究は世界をリードしている。鈴木尚は1961年にイスラエルのアムッドでネアンデルタール人を発見したが、今日でもアフリカやジャワで人類化石の探査が進行し、かなりの成果がえられている。そのほか須田昭義らの日米混血児の成長の縦断的研究など、ヒトの変異や適応にかかわる研究が重ねられている。
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