ゾロアスター教
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2004/07/09 22:02 投稿番号: [1129 / 3876]
「世界日報」より
毎年6月14日から18日まで、イラン国内はもとより、インドその他の国々から数千人のゾロアスター教徒が、
ビル・エ・サブズの神殿に群れを成す。チャクチャクに通じ る参詣道路の一つは、ヤズドの北、エラバード
村から始まる泥道だが、この道をたどる巡礼者は、神殿の姿を目にした瞬間に乗り物から降りて、そこからは
歩き通すのが伝統 的なしきたりだ。神殿下の絶壁には、幾つもの屋根付きテントが建てられ、多くの巡礼者
たちが昼夜を問わずたたずんでいる。
ギリシャ語の「ゾロアスター」は、もともと、アベスター語の聖典で「ザラスシュトラ」と記されていた
(注・ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の主人公ツァラトゥストラは、ゾロアスターのドイツ語読み)
この人物が生きていた時期を特定するのは不可能だが、おおむね紀元前660年から583年ごろに、現在のアゼルバ
イジャンと呼ばれるイランの北西地域に生まれたと考えられている。
古代の多くの賢哲と同じように、ゾロアスターの人生は歴史的事実と伝説とが入り交じっている。彼が生まれ
た時には、その兆候が空に表れたり、瑞祥や吉兆がさまざまに言い伝えられ、少年時代には力ある業をやって見せた。
20歳ぐらいになった彼は、世間から離れて山奥にこもり、学びと思索と瞑想を通じて絶対存在を求めだした。
そして、30歳の時、彼の霊的哲学や教説の中核となる7つの神秘のビジョンの、最初のものを体験することに
なる。これらのビジョンでは、「ヴァヌ・マナ」と呼ばれる天使のような存在がゾロアスターに現れ、彼を
造物主アフラ・マズダ神の玉座に導いていった。
彼がアフラ・マズダ神から受けた英知の教えは、17集の韻文「ガーサー」として伝えられ、アベスター聖典の
一部になっている。またゾロアスター教では三大戒律として、良き考え、良き言葉、そして良き行いが勧めら
れている。
ゾロアスターは農耕社会に生まれたので、彼の開いた信仰も自然界に深く関連している。
善と悪との永劫(えいごう)の戦いという主題とともに、ゾロアスター教は自然崇拝を特徴としている。太陽、
月、星を神格化し、地球を守るように、との天命を律儀に順守している。
ゾロアスター教は、世界に初めて現れた唯一神信仰だと認める向きが多い。その信仰は、直接に造物主アフラ・
マズダを畏敬するばかりでなく、造化の妙や超自然の守護霊への敬虔を通して表現される。光明と温かさ、そし
て生命の源である火は、大空、水、土地、植物、家畜そして人間という六つの主要な造化物に浸透していく
ものと信じられている。
従って、ゾロアスター教の儀式には必ず火が登場する(注・そのために「拝火教」とも 呼ばれている)。
信徒が祈りを捧げる際には火に向き合うか、さもなければ太陽や月に向かうが、その理 由は、これらが天来
の火であり、さらにはアフラ・マズダ神そのものと信じられている からだ。火は象徴的なものではなく、人間
からの供物や礼拝への応報として、人間を助 けるために賦与される聖なるものなのだ。火への畏敬の念を持つ
ことが、信徒の心と魂 の中に真理を呼び覚ますことと同等のものだと考えられている。
7世紀にイスラム教が、現在のサウジアラビアからイランに伝播されたとき、ゾロアス ター教はイランでの国
教の座を失い、ゾロアスター教徒の多くはイスラームに改宗し、遠隔地にある神殿は打ち捨てられ、忘れ去られ
ていった。ヤズド周辺のイラン中部山岳地域は、ゾロアスター教の牙城として今も昔ながらのしきたりで巡礼を
執り行う唯一の貴重な土地だ。
ペルシャ民族のルーツに妥協するかのように、イランのイスラム教シーア派が牛耳る政権は、ユダヤ教やキリ
スト教とともにゾロアスター教を認知し、国内に住む二万五千人そこそこのゾロアスター教徒が信仰を自由
に表すことを許容している。ゾロアスター教徒人口は減る一方で、1979年のイスラム革命の前に比べて半分ほど
になったが、それでもイラン国会に1人の代議士を出している。
ゾロアスター教徒の多くはペルシャにルーツを持っているが、1990年代にソビエト 連邦が分割した後、中央
アジアやアルメニアにも、ゾロアスター教徒の住民が点在していることが判明した。
また10世紀にペルシャのゾロアスター教の一部が、イランのイスラム政権の圧政を逃れて、インド西部のグジュ
ラトに移民した。その子孫はパールシー教徒と呼ばれ、現在10万人を数え、大きな影響力を持っている。
毎年6月14日から18日まで、イラン国内はもとより、インドその他の国々から数千人のゾロアスター教徒が、
ビル・エ・サブズの神殿に群れを成す。チャクチャクに通じ る参詣道路の一つは、ヤズドの北、エラバード
村から始まる泥道だが、この道をたどる巡礼者は、神殿の姿を目にした瞬間に乗り物から降りて、そこからは
歩き通すのが伝統 的なしきたりだ。神殿下の絶壁には、幾つもの屋根付きテントが建てられ、多くの巡礼者
たちが昼夜を問わずたたずんでいる。
ギリシャ語の「ゾロアスター」は、もともと、アベスター語の聖典で「ザラスシュトラ」と記されていた
(注・ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の主人公ツァラトゥストラは、ゾロアスターのドイツ語読み)
この人物が生きていた時期を特定するのは不可能だが、おおむね紀元前660年から583年ごろに、現在のアゼルバ
イジャンと呼ばれるイランの北西地域に生まれたと考えられている。
古代の多くの賢哲と同じように、ゾロアスターの人生は歴史的事実と伝説とが入り交じっている。彼が生まれ
た時には、その兆候が空に表れたり、瑞祥や吉兆がさまざまに言い伝えられ、少年時代には力ある業をやって見せた。
20歳ぐらいになった彼は、世間から離れて山奥にこもり、学びと思索と瞑想を通じて絶対存在を求めだした。
そして、30歳の時、彼の霊的哲学や教説の中核となる7つの神秘のビジョンの、最初のものを体験することに
なる。これらのビジョンでは、「ヴァヌ・マナ」と呼ばれる天使のような存在がゾロアスターに現れ、彼を
造物主アフラ・マズダ神の玉座に導いていった。
彼がアフラ・マズダ神から受けた英知の教えは、17集の韻文「ガーサー」として伝えられ、アベスター聖典の
一部になっている。またゾロアスター教では三大戒律として、良き考え、良き言葉、そして良き行いが勧めら
れている。
ゾロアスターは農耕社会に生まれたので、彼の開いた信仰も自然界に深く関連している。
善と悪との永劫(えいごう)の戦いという主題とともに、ゾロアスター教は自然崇拝を特徴としている。太陽、
月、星を神格化し、地球を守るように、との天命を律儀に順守している。
ゾロアスター教は、世界に初めて現れた唯一神信仰だと認める向きが多い。その信仰は、直接に造物主アフラ・
マズダを畏敬するばかりでなく、造化の妙や超自然の守護霊への敬虔を通して表現される。光明と温かさ、そし
て生命の源である火は、大空、水、土地、植物、家畜そして人間という六つの主要な造化物に浸透していく
ものと信じられている。
従って、ゾロアスター教の儀式には必ず火が登場する(注・そのために「拝火教」とも 呼ばれている)。
信徒が祈りを捧げる際には火に向き合うか、さもなければ太陽や月に向かうが、その理 由は、これらが天来
の火であり、さらにはアフラ・マズダ神そのものと信じられている からだ。火は象徴的なものではなく、人間
からの供物や礼拝への応報として、人間を助 けるために賦与される聖なるものなのだ。火への畏敬の念を持つ
ことが、信徒の心と魂 の中に真理を呼び覚ますことと同等のものだと考えられている。
7世紀にイスラム教が、現在のサウジアラビアからイランに伝播されたとき、ゾロアス ター教はイランでの国
教の座を失い、ゾロアスター教徒の多くはイスラームに改宗し、遠隔地にある神殿は打ち捨てられ、忘れ去られ
ていった。ヤズド周辺のイラン中部山岳地域は、ゾロアスター教の牙城として今も昔ながらのしきたりで巡礼を
執り行う唯一の貴重な土地だ。
ペルシャ民族のルーツに妥協するかのように、イランのイスラム教シーア派が牛耳る政権は、ユダヤ教やキリ
スト教とともにゾロアスター教を認知し、国内に住む二万五千人そこそこのゾロアスター教徒が信仰を自由
に表すことを許容している。ゾロアスター教徒人口は減る一方で、1979年のイスラム革命の前に比べて半分ほど
になったが、それでもイラン国会に1人の代議士を出している。
ゾロアスター教徒の多くはペルシャにルーツを持っているが、1990年代にソビエト 連邦が分割した後、中央
アジアやアルメニアにも、ゾロアスター教徒の住民が点在していることが判明した。
また10世紀にペルシャのゾロアスター教の一部が、イランのイスラム政権の圧政を逃れて、インド西部のグジュ
ラトに移民した。その子孫はパールシー教徒と呼ばれ、現在10万人を数え、大きな影響力を持っている。
これは メッセージ 1128 (fyojizzzz さん)への返信です.