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『宗教対話の課題と展望』

投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2007/02/12 22:57 投稿番号: [4120 / 4578]
http://www.relnet.co.jp/izuo/brief/kinenko12.htm
>ちょっと例を上げます。ここに同志社大学の神学部が出している論文集、『基督教研究』という日本で一番古いキリスト教の研究ジャーナルがあります。最新号が昨日出来上がりました。この中に「世紀が替わったので今までの神学の総括をやろう」という特集を組んでいまして、神学のいくつかの分野の代表の方の対談を三つ載せています。その最初は聖書学――聖書の読み方の研究――の学者二人の対談です。その対談のタイトルは『歴史のイエスをどうとらえるか〜現代の視点から〜』というものです。二人とも同志社の神学部関係の方で、一人は橋本滋男先生といって同志社大学神学部で新約聖書学を教えておられる私の同僚です。もう一人は笠原芳光先生といって、最近まで京都精華大学の学長をされていた先生です。この方もなかなか面白い聖書の読み方をされていまして、なんと言いますか、キリスト教理解では最左翼の方です。最近、『イエス逆説の生涯』という本を出されました。この先生の主張は「イエスはキリストではない」というキリスト教なんです。「イエスは人間だ。人間イエスに私は惹かれるのだ」と言う先生です。

  この論文集の一番初めのページの1行目が橋本先生の発言で、「イエスはキリストか」という見出しがついていて、笠原先生にこう言っています。「先生の新著『イエス逆説の生涯』を拝見しまして、『イエスはキリストではない。自らそういう自覚もなかった』とされていますが、これは今日の聖書学の領域では常識になっていますね」と、こう始まるんです。すると笠原先生は「そのことと、今のキリスト教(教会の現場)との大変な違いはどうなっているのですか」と言うのです。実際の教会・キリスト教のレベルではこんなことは通じません。非常に保守的になっている。ところが、聖書学では「イエスはキリストではない。イエス自身はそういう自覚はなかった」ということは常識となっているんです。ここから始まるんです。

  これを日本のファンダメンタリストのキリスト者が読んだらどうなるんでしょう。実は私は昨日、初めてこれを見たのですが、立場上、神学部長が編集人で発行人ですから大変なことなんです(場内笑)。私は「これで良い」と思っていますが、これを読んだらずっこけるようなキリスト者はたくさんいます。対話できない人はたくさんいます。それが日本のキリスト教の現状なんです。皆さんの教会・神社・お寺ではどうでしょうか?   実は、日本のキリスト教、世界のキリスト教ではそうなんだということを押えておきたいと思います。
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