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約束の国への長い旅

投稿者: suiheisen2002 投稿日時: 2003/06/20 21:08 投稿番号: [1644 / 2453]
『ユダヤ人の律儀さ』

「わたしは、あなたのことをよく覚えています。
あなたのことを1日として忘れたことはありません」杉原さんは戸惑いました。
彼はなんか古い書類を出して見せ、だまって杉原さんの顔を見ました。
古びたビザでした。
「覚えていらっしゃらないようですね。わたしはまだ若かったし、大勢の中のひとりでしたから。
やっとあなたにお会いできました。ずっとあなたを捜しておりました」彼だけじゃありません。
あのとき助かったユダヤ人たちは戦争が終わってずっと杉原さんをさがしていたのです。
しかし、杉原さんは抗命(外交官が本省の命令に従わないこと)で外務省を
解任されていました。おまけに、杉原千畝(チウネ)のチウネという名が
ユダヤ人にとって発音しにくかったため、ユダヤ人には自分の名前を
センポ・スギハラと呼んでもらうことにしていたのです。
外務省にいたセンポ・スギハラは見つかりませんでした。
しかし、それでは自分たちの気持ちがおさまりません。
自分の生命を救ってくれた人に対して、何も報いることなく済ませるなんて
できませんでした。だから、懸命に杉原さんを捜し続けてやっと見つける
ことができました。あれから、28年の時が経っていました。


杉原さんに助けられた、別のユダヤ人が話してくれました。
杉原さんは、汽車が発車する間際までユダヤ人のためにビザを書き続け、
汽車が動きだすと、ユダヤ人たちに挨拶して去っていきました。

Y「わたしは、スギハラさんと家族の人たちが、リトアニアを去った2日あとに、ソビエトへ脱出しました。」

著者「どうしてすぐに脱出しなかったのですか?」

Y「ビザが発行されてから、スギハラさんの一家が国外に出るまで、わたしたちは、
スギハラさんと一家を守っていたのです。
そういうユダヤ人のグループができていたのです。わたしたちは、
悟られないように、物陰から、スギハラさんたちを見守っていました。
カウナスの駅でも、わたしたちの仲間は、列車を遠まきにしていました。
同じ列車に乗りこんで、守っている仲間もいましたよ。
もちろん、スギハラさんたちにはわからないように、です。
スギハラさんが無事にリトアニアを出たとはっきりわかったとき、わたしや仲間は脱出することにしました」

考えてみれば、ナチスのスパイが密かにまぎれこんで、ユダヤ人を
救おうとする杉原さんに危害を加えることだって、ありえたわけです。
その話を聞いたとき、杉原さんが本当に危険に身をさらしていたことが、よくわかりました。
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