頑張れイスラエル!

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

約束の国への長い旅

投稿者: suiheisen2002 投稿日時: 2003/06/20 21:01 投稿番号: [1642 / 2453]
『バンザイ、ニッポン』

ナチス政権の頃、リトアニアの外交官だった杉原さんは、ユダヤ人のビザの発行において、
“外務省に従うか、良心に従うか”2つに1つの選択を迫られました。
当時日本はドイツと同盟関係にあったから、ユダヤ人を助けることは、
国家に背くことになり兼ねない。現在の日本ならまだしも、当時の独裁的な
日本ではそれは命とりの行動だったけど、杉原さんは良心に従いました。
でも、外務省の命令にそむいてまでユダヤ人にビザを出したけど、
杉原さんは、祖国日本をすごく愛していた。だから彼は、ユダヤ人と日本を
なんとか結びつけようとして、ユダヤ人にビザをわたすとき、
ひとりひとりに『バンザイ、ニッポン』と叫ばせたそうです。

杉原さんも、朝昼食を食べないで、毎日ビザを出し続けていたが、
とうとう「リトアニアがソビエト領になって、独立国ではなくなったから
すぐ引き上げろ」とせきたてる電報が届き、杉原さんはリトアニアを去ることになった。
西からはドイツ、東からはソビエトとユダヤ人の逃げ道は八方塞がりとなっていった。
杉原さんの乗った国際電車の汽車が出る間際までも、ビザを書き続け、
汽車の窓から身をのりだして、1枚、もう1枚と、とりすがるような
ユダヤ難民の人たちにビザを手渡した。汽笛が鳴り、列車が動きはじめました。
「行かないで!行かないで!わたしたちを見捨てないでください。」
「バンザイ、ニッポン」「スギハァラ、スギハァラ、わたしたちのスギハラ…」
泣きながら列車とならんで走ってくる人もいました。
杉原さんは、あの人たちの目、あの表情を忘れることができませんでした。

杉原さんのビザで助けられたバルファテックさんがこう言いました。
「杉原さんがビザを出したのは、彼にとってなにか偉大なことをしたといった
ようなものではなく、日常生活のつづきだったのではないでしょうか」
そうですよ、あたりまえのことをしただけです―そんな杉原さんの声が聞こえてきませんか。
以前ソビエトの宇宙飛行士が「空の上には天国なんかなかった!」といったことが
ありました。でも彼はまちがっていました。天国はそのようなものではありません。
なぜなら、天国は愛の国であり、それは心の平安の中にあるからです。
約束の国――それは愛のことです。
約束の国――それは杉原さんの心の中にありました。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)