頑張れイスラエル!

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国家と信仰のはざま

投稿者: native_born_lonely 投稿日時: 2003/04/24 14:48 投稿番号: [1604 / 2453]
  pikopiko_hippo氏が引用したアインシュタイン他のユダヤ「良識派」の言葉は、実際のところ現代イスラエル人の多くが抱えている精神的な葛藤だと思います。

  「私がユダヤ教の本質的な特性として理解する良識は、控え目にみても、国境や、武器や、世俗的政権の計画を持つ国家という概念とは相容れない」アインシュタインが洞察したこの問題は、古代イスラエル王国の時代に遡る、いわば歴史的なレプリカです。

  もちろん、これは第三者がイスラエル共和国の存在の可否についてとやかく言うべき問題ではない。当事者であるユダヤ系イスラエル市民が判断すべき宗教的な命題です。国際法などに委ねて裁きを求める問題でも、当然ない(私がpikopiko_hippo氏の投稿態度から感じた不快感は、イスラエル側のみの「不正事実」(議論の余地があるものを含め)の列挙といった一方的なやり口と合わせて、そのあたりにあります)。

  私見ですが、「希望としての国家」というシオニズムの精神は、建国を経てわずか50年ほどの間に変質して、大半のキブツでさえ「世俗化」してしまっているのは事実だと思います。民族国家に帰属する人間として、国益によって律され、そのために「国家への忠誠」を強いられることが、そもそも唯一神教としてのユダヤの教義に反するのかもしれません。

  ところがこれは、現代社会においては、人類にとっての普遍的な問題でもあります。古代とは異なり、「国境なき荒野」というものが存在しなくなった以上、国家への帰属からは誰も逃れられません。一方、国家はあたかも人間における人権のごとくに国益を有する人格となってしまった観があります。すなわち、現代人の生というものが、希望から偶像に堕した国家への忠誠という構造に押し込められいるように思われるのです。

  例えば、私は小泉首相のいう国益を支持せざるを得ない。しかしそれは、私の信仰、あるいは信念、あるいはアイデンティティとは何の関係もない。にも関わらず、国家に対して何らかの義務や責任を感じない訳にはいかないとなれば、私の意識は無理にでもそのような生に合わせた精神をでっち上げるしかない。これは、私自身の「聖なるエゴイズム」にとっては、極めて不誠実な在り方です。

  その意味では、私自身が世俗的人間であることもあって、「人は言葉によって生きる」という思想の、より現実的な形が新しいユダヤ思想から生まれてくることを願っています。日本のような「エスタブリッシュ」されてしまっている国の国民であってさえ、居心地の悪い息苦しさといったものを感じてしまう以上、イスラエル市民たちの葛藤のほどは、よほど深刻でもあり、国際社会からの孤立(たとえ米からの支援があるとはいえ)、そして、テロに次ぐテロといった状況を考えれば、やはり強靱な精神力というものを感じさせられます。

  だからこそ、例えばアモス・オズのような、言語力に信をおく作家たちの中から、現代人にとって拠り所となるような言葉が生まれてくるのではないかと期待してもいます。「頑張れイスラエル」!
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