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> 笑点(2)

投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2003/02/02 10:00 投稿番号: [1412 / 2453]
▲つまり、それは 3 月 20 日であり、「3月19日にユダヤ機関が国連信託統治に反対を表明」はウソということですね。
まあ、今までの marchingpeople さんの前のめり発言を評価し、「ウソも百ペン言えば本当になる」の思惑はなかったものとしましょう。   しかし、20 日を 19 日と思い込んでいたのは事実ですから、大量のデータを抱えて頭がパニックであった、ということになろうかと思います。

うん、ここは勘違いだね。その部分は訂正しとく。


> 「米軍が介入して国連信託統治が始まるのは確実だった」などと言って
> る場合じゃないのですよ、marchingpeople さま(爆)。

  まさにのその通りです。
  【3月19日のオースティン国連大使の発言を受けて、20日にユダヤ機関は国連信託統治に反対を表明しています。さらにベングリオンも如何なる信託統治も拒絶し、アラブ人との相互理解を求める声明を出しています。】
》 ・・・。そしてユダヤ国家はアラブ民族との相互理解に達するのだ。我々の領土においてアラブ人たちとの紛争はない、
》 もし彼らが平和を欲するのならば、友情の手は常にさしのべられている。

ところがその頃、実際は何をしたかというとアラブ人追放です。
》 委任統治終了の数ヶ月前、ユダヤ人の軍隊はアラブ国家と指定された領域で重要な街や地域の占領に乗り出した。ベン
》 グリオンは統治終了前について記している:
》 「・・・しかし辺境のユダヤ植民地でも、アラブの侵入や占領がなされる事はない。一方ハガナは・・・多くのアラブ
》 地域を奪取し、ティベリアとハイファ、ジャファとサファドが解放された・・・、従って運命の日に、ハガナが活動した
》 地域ではアラブ人が殆どいなくなっていた。(ベングリオン著 Rebirth and Destiny of Israel)*1」

・このベングリオンの話の内容も誇らしげにIDFのサイトに載せてあると助かるのですが、残念ながらありませんでした。
その代わり以下のページを紹介します。
(一部)
4月16日、 サファドから英軍撤退
4月17日、ハガナ、サファドに攻撃開始
4月21日、英軍、突如ハイファの住宅地域から撤退
4月22日、ハガナ、ハイファ占領のためMisparayim作戦開始、地元パレスチナ民兵崩壊、爆撃・地上攻撃により住民は避難
5月3日、シオニスト占領地域からのアラブ難民が17.5−20万人と報告される。
  ・ここに出てくるダレット計画に基づいた、あるいは類似の意図の下、Misparayim、Har'el、Chametz、Yevussi作戦によって、街・地域からの英軍撤退、その直後にシオニストによる接収が「段階的に遂行されています」(笑)。これがベングリオンが豪語する建国前に「ハガナが活動した地域ではアラブ人が殆どいなくなっていた」事です。この接収行為で最も有名なのがナハション作戦です。また、この中に出てくる建国前の20万の難民も主要な街などから「アラブ人が殆どいなくなっていた」と言っているのだから、十分に考察の対象となりうる数字ですね。
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