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食い違い

投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2003/01/25 17:59 投稿番号: [1364 / 2453]
》 *1954年7月に、カイロとアレキサンドリアで両都市の米国情報提供所への放火を含む幾つかの爆発があり、一つ
》 はメトロ-ゴールドウィン・マイヤー劇場で爆発した。エジプト当局のある者は「イスラル・スパイ」のベルと表現した、
》 事実、ユダヤ人が追跡逮捕され、裁判に掛けられた。その内二人は処刑され残りは投獄された。エジプトの行動はイス
》 ラエル人の間で、ナセル大統領による「でっち上げ」の実刑だとの告発の声があがりのイスラエル人の感情を激昂させ
》 た。
》   しかしながら数ヶ月後、後にラヴォン(国防相)問題として知られるスキャンダルが生じた結果、カイロのスパイは
》 事実、軍事情報部門によって高度に訓練されたイスラエルのスパイだと明らかにされた。そのためイスラエル政府高官
》 らが政権から罷免された。この爆破作戦の優先事項は判明したところによると、イスラエルから見て非常に良好な関係
》 にあった米国-エジプト関係を、爆破作戦によってエジプトが不安定で反米的だという印象を作り、両国の関係を停止す
》 る目的で行われたものだった。

*これにojin_8823さんの紹介しているサイトの話しも付け加えておこう。。。
》   事実から言うと、ラヴォン氏は作戦のことは知らず、従って承認も与えていないのは明らかでしたが、ラヴォン氏は
》 情報局の失敗のスケープゴートにされました。ベングリオンがこの時、事の真相を知っていたのかどうかはよく分かり
》 ません。
》   しかし悪いことは出来ない物で、1960年になって、上司から調査委員会への偽証を命じられたという情報局員か
》 ら地方裁判所に告発がありました。その結果、ラヴォン氏が作戦に無関係なことが証明されたので、ラヴォン氏はベン
》 グリオンに対して名誉回復を要求します。しかし、何を思ったかベングリオンは拒否。事件の隠蔽に加えて、マパイ党
》 内におけるベングリオンの影響力が議会の外務委員会と国防委員会で問題となり、「ラヴォン事件」として知られる政
》 界全体を巻き込む一大スキャンダルに発展しました。新たな調査委員会が開かれ、全員一致で1954年の作戦にラ
》 ヴォン氏は無関係であると結論しました。
》   ベングリオンは委員会の結論に対して声を大にして反対します。更に、1961年2月4日のマパイ党総会では、明
》 らかにベングリオンの圧力により、ラヴォン氏のヒスタドルート総裁解任が決定されました。しかしながら、テルアビ
》 ブとエルサレムではラヴォン支持のデモが起きました。
》 「ベングリオン、Sde Boker(ベングリオンのキブツ)へ帰れ。ダヤンとペレスも行け!」



》 初代首相はイスラエルをアラブ国家と統合した新しい中東観を信じていなかった。彼の世界観は
》 高い塀と分離の平和を信じる、バラクやベンアミの先駆者だった。『我々はヨーロッパ国家だ。こ
》 の地域は単に隣にあるに過ぎない。だが我々はその一部ではない。』とベングリオンは言ってい
》 る、『アラブがそれを望むのなら、我々がタイ(*1)に位置するかのように、米国は介入しなければな
》 らない。我々はアラブと無関係だ、我々の国政、我々の文化はこの地域の果実ではない。我々に
》 はアラブとの政治的な調和など無い。』
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