> 生存権構想
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2003/01/08 01:35 投稿番号: [1253 / 2453]
エジプトの場合は併合を宣言したことはなく、ガザにはアラブ軍の介入を要請したフセイニーがいたので当時は(民衆一人一人の意志が介在する余地がないならば)侵略とは呼べません。また、第一次中東戦争中も停戦合意を無視してイスラエルがシナイ半島に侵略したり、英仏の侵略にも加担していますから、ガザはエジプトからみた侵略者イスラエルに対する橋頭堡と言う意味はあっても、主権の意志があったとは言えません。そもそもエジプトは西岸の併合を非難し他国も同調したので、アラブ連盟はヨルダンによる信託としか認めなかった経緯がありますから。
ちなみに「パレスチナとヨルダンは民族として同一であり、西岸の指導者たちが併合を要請しヨルダンが主権を主張した。その後に幾つかの戦争を経て2国間で現状を容認する平和条約が成立した以上、西岸の主権は事実上イスラエルにある。」と論じた方がましだと思いますよ。
> その条件にイスラエルはエジプト軍のガザ回廊からの撤退を求め、エジ
> プト政府はそれを受諾したにも関わらず、その 48 時間後に約束を反古
> にして、ガザ回廊に進駐した
これについては知りません。
> ユダヤ側で、22 年白書を承認したとの証明を示す資料はございますか?
22年白書に。。。
》 身勝手な声明は完全なユダヤ人のパレスチナ創設を念頭に置いて公表された。それには、パレス
》 チナは「イギリスがイギリス人のものであるのと同じようにユダヤ人のもの」となる、とういう
》 語句が用いられている。国王陛下の政府は、それらを実現不可能な期待と見なし、その様な事を
》 考慮したねらいも一切無い。
》 彼らは、アラブ委員団が憂慮するパレスチナのアラブ住民、文化、言語の消失や従属と言った
》 ことを如何なる場合も意図していない。彼らは、事実を注視させるだろう、バルフォア宣言の内
》 容は、パレスチナにユダヤ民族郷土が設立されるべきだが、パレスチナ全体を郷土に転換する事
》 を意図していない点に言及している。
》 これに関しては1921年カールスバードで開催されたシオニスト会議で、シオニスト機構最
》 高運営体による公式声明採択決議として同意を得ている、「ユダヤ人の決意はアラブ人との調和
》 と尊敬を基にともに暮らし、ともに地域の繁栄に向けて共通の郷土を作る。発展は両民族の妨げ
》 とならない国土開発を確信させるだろう。(*1)」
》
》 さらに指摘する必要がある点は現在シオニスト機関と呼ばれるパレスチナ・シオニスト委員
》 会は占有を望んでおらず、概括的な国家運営の如何なる分担も望んでいない。パレスチナ統治草
》 案4条(*2)の意味する如何なる職務もシオニスト機構に特別な地位を命じていない。
》 特別な地位とはパレスチナのユダヤ住民に取られる措置に関するものであり、その意図は機構
》 が概括的な国土開発の支援を意味しても、政府の中で如何なる称号も分け与えるものではない。
》 そのうえ、街と地域住民、政治、宗教、社会組織、独自の言語、独自の習慣、独自の生活が在る
》 (ユダヤ)共同体は、事実上国家的な性格を持っている。故にパレスチナでのユダヤ民族郷土の
》 発展とは何かと尋ねられたら、パレスチナ住民全体へのユダヤ国籍を課すものではなく、離散ユ
》 ダヤ人の支援と共にユダヤ共同体の更なる発展と、ユダヤ民族全体の宗教と民族の根拠となる重
》 要で誇れる中心地となるだろうと答える。(つまり民族郷土=文化センターと定義している)
*1Twelfth Congress - Carlsbad (Karlovy Vary), 1921
》 (シオニスト)会議で議論されたそれ以上の問題はシオニズムとアラブ人の関係だった。この問
》 題は20年、21年のアラブの暴動の原因として深刻になっていった。会議は宣言を承認した、
》 シオニズムは求める:
》 「アラブ住民との尊敬と調和の関係の中で暮らすこと」
》 また、指導部は達成することを求める;
》 「アラブ住民との誠実な相互理解を」
http://www.us-israel.org/jsource/Zionism/firstcong.html
ん?、これが「当初シオニスト側はアラブとの対話で和解の道をさぐろうとした」って事かぁ(苦笑)。
*2 草案がまとまり、1922年7月24日に連盟によって統治規約が承認。
http://domino.un.org/UNISPAL.NSF/a47250072a3dd7950525672400783bde/2fca2c68106f11ab05256bcf007bf3cb!OpenDoc ument
この中の4条に従
ちなみに「パレスチナとヨルダンは民族として同一であり、西岸の指導者たちが併合を要請しヨルダンが主権を主張した。その後に幾つかの戦争を経て2国間で現状を容認する平和条約が成立した以上、西岸の主権は事実上イスラエルにある。」と論じた方がましだと思いますよ。
> その条件にイスラエルはエジプト軍のガザ回廊からの撤退を求め、エジ
> プト政府はそれを受諾したにも関わらず、その 48 時間後に約束を反古
> にして、ガザ回廊に進駐した
これについては知りません。
> ユダヤ側で、22 年白書を承認したとの証明を示す資料はございますか?
22年白書に。。。
》 身勝手な声明は完全なユダヤ人のパレスチナ創設を念頭に置いて公表された。それには、パレス
》 チナは「イギリスがイギリス人のものであるのと同じようにユダヤ人のもの」となる、とういう
》 語句が用いられている。国王陛下の政府は、それらを実現不可能な期待と見なし、その様な事を
》 考慮したねらいも一切無い。
》 彼らは、アラブ委員団が憂慮するパレスチナのアラブ住民、文化、言語の消失や従属と言った
》 ことを如何なる場合も意図していない。彼らは、事実を注視させるだろう、バルフォア宣言の内
》 容は、パレスチナにユダヤ民族郷土が設立されるべきだが、パレスチナ全体を郷土に転換する事
》 を意図していない点に言及している。
》 これに関しては1921年カールスバードで開催されたシオニスト会議で、シオニスト機構最
》 高運営体による公式声明採択決議として同意を得ている、「ユダヤ人の決意はアラブ人との調和
》 と尊敬を基にともに暮らし、ともに地域の繁栄に向けて共通の郷土を作る。発展は両民族の妨げ
》 とならない国土開発を確信させるだろう。(*1)」
》
》 さらに指摘する必要がある点は現在シオニスト機関と呼ばれるパレスチナ・シオニスト委員
》 会は占有を望んでおらず、概括的な国家運営の如何なる分担も望んでいない。パレスチナ統治草
》 案4条(*2)の意味する如何なる職務もシオニスト機構に特別な地位を命じていない。
》 特別な地位とはパレスチナのユダヤ住民に取られる措置に関するものであり、その意図は機構
》 が概括的な国土開発の支援を意味しても、政府の中で如何なる称号も分け与えるものではない。
》 そのうえ、街と地域住民、政治、宗教、社会組織、独自の言語、独自の習慣、独自の生活が在る
》 (ユダヤ)共同体は、事実上国家的な性格を持っている。故にパレスチナでのユダヤ民族郷土の
》 発展とは何かと尋ねられたら、パレスチナ住民全体へのユダヤ国籍を課すものではなく、離散ユ
》 ダヤ人の支援と共にユダヤ共同体の更なる発展と、ユダヤ民族全体の宗教と民族の根拠となる重
》 要で誇れる中心地となるだろうと答える。(つまり民族郷土=文化センターと定義している)
*1Twelfth Congress - Carlsbad (Karlovy Vary), 1921
》 (シオニスト)会議で議論されたそれ以上の問題はシオニズムとアラブ人の関係だった。この問
》 題は20年、21年のアラブの暴動の原因として深刻になっていった。会議は宣言を承認した、
》 シオニズムは求める:
》 「アラブ住民との尊敬と調和の関係の中で暮らすこと」
》 また、指導部は達成することを求める;
》 「アラブ住民との誠実な相互理解を」
http://www.us-israel.org/jsource/Zionism/firstcong.html
ん?、これが「当初シオニスト側はアラブとの対話で和解の道をさぐろうとした」って事かぁ(苦笑)。
*2 草案がまとまり、1922年7月24日に連盟によって統治規約が承認。
http://domino.un.org/UNISPAL.NSF/a47250072a3dd7950525672400783bde/2fca2c68106f11ab05256bcf007bf3cb!OpenDoc ument
この中の4条に従
これは メッセージ 1252 (marchingpeople さん)への返信です.
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