ユダヤ人の一部の過激派地下組織によるもの
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2003/01/08 01:18 投稿番号: [1248 / 2453]
明けましておめでとうございます、ojin_8823さん
デイル・ヤシンに集中したいようですが、私は「シオニストの行動は衝突を引き起こす性質があり、衝突が彼らの領土的野心を刺激する。」の説明をしたいので先にさせていただきます。
アラブ人追放を目論んだダレット計画およびナハション作戦については記述したとおりです。当時は内戦状態なので、国連統治の予定でも作戦はエルサレムのユダヤ人救出を目的としたとも強弁できます。しかし、アラブ軍介入後の正規戦となった5月、エルサレム奪還のためにベングリオンは如何なる犠牲も厭わないと言って、パレスチナに着いたばかりで右も左も分からないジェノサイドの生存者も投入してます。別ルートを発見するまでに2回やったのですが、それまでの戦いで最大の犠牲者を出しています。ある意味ヤシンよりも、非人道的な行為と感じますね。
やはり、領土的野心と接収によって「公共目的以外の土地収用の禁止、市民権の保証」の無効化を狙った計画です。事実、強制退去させられた難民の帰還を「イスラエルには責任がない」と拒絶し、土地を没収しています。
ダレット計画発令から独立宣言まで約1カ月ですから、計画が独立に向けた下準備なのは明らかです。またトルーマンから確約を得ていたシオニストがアラブ諸国軍の介入を予期していたのにも関わらず宣言をした理由も述べました。領土と人口構成の調整です。ちなみに宣言文に「領土を決議で規定された内側」と盛り込むのをベングリオンは拒絶したので、イスラエルはパレスチナのどこかにある国としか言えない状態でした。
アラブ諸国は介入の際、国連に通知していて20日の安保理では「パレスチナに軍隊を送ったと安保理に通知した派兵諸国の署名入り公式文書に基づいて」ソヴィエト・タラセンコ国連大使は非難しています。
ちなみに正規軍介入の理由にヤシン事件をヨルダンは挙げています。(まっ、ウソっぽいけど。)
トランスヨルダンの通知(5月16日)
》 国連事務総長、我々はデイル・ヤシン村民に対するような大虐殺から、非武装アラブ人を保護す
》 るためパレスチナに介入せざるを得なかった。我々は、パレスチナ全体、特にエルサレムさらに
》 ナザレおよびベツレヘムに対する我が国の責務を認識している。
》 我々はパレスチナ・アラブ人の完全な権利を支持すると同時に、パレスチナ・ユダヤ人に関して
》 格別に気遣うだろう事を見逃してはならない。シオニストは軍事介入の前になされた警告を無視
》 した。
http://domino.un.org/UNISPAL.NSF/62c13fb98d54fe240525672700581383/e2ab11675a195c3e85256a5700646474!OpenDoc ument
戦争は7月18日に第二次休戦合意が発効されますが、小規模な衝突は続いていました。エジプトは当時、紅海へのアクセスを可能にするアカバ湾一帯を占領していました。イスラエル軍は度重なる停戦履行勧告を無視して、10月16日にエジプト軍に大規模な攻撃を仕掛けアカバ湾を含んだネゲブ砂漠地域を占領、さらにシナイ半島まで侵攻します。そこに至って英国がエジプトとの条約に基づきイスラエルに最後通牒を突きつけ、イスラエルはシナイ半島から撤退します。
この間に大戦中にユダヤ難民を助けたスウェーデン赤十字総裁ベルナドッテ伯が委員長の、「恒久的な国境の決定」などを任務とした国連パレスチナ特別委員会が和平に尽力し、提案を練り上げました。内容はネゲブ砂漠をアラブ側に振っていたので、アラブ側としてはあまり問題がないので受け入れが可能だったはずです。
しかしそうするとイスラエルは内容に不満を持っていましたから、「イスラエルだけが反対する」という決議案とは全く逆の状態になります。残念なことに9月17日にシュルテン(の残党?)によって伯は暗殺されました。ベングリオンはアジトの攻撃を指示し「抵抗するなら殺せ」と命じます。しかし、犯人は捕まりませんでした。
暗殺自体も国際的な非難を浴びますが、これがなければ停戦履行勧告を無視してのアカバ湾への攻撃も不可能だったでしょう。ベングリオンはデイル・ヤシンの虐殺、ベルナドッテ伯暗殺ともに謝罪、逮捕と措置を講じています。しかしながら、この2つともイスラエルの建国とって大変重要な役割を果たしたのは明白です。約束の地ならではの天恵でしょうか。
デイル・ヤシンに集中したいようですが、私は「シオニストの行動は衝突を引き起こす性質があり、衝突が彼らの領土的野心を刺激する。」の説明をしたいので先にさせていただきます。
アラブ人追放を目論んだダレット計画およびナハション作戦については記述したとおりです。当時は内戦状態なので、国連統治の予定でも作戦はエルサレムのユダヤ人救出を目的としたとも強弁できます。しかし、アラブ軍介入後の正規戦となった5月、エルサレム奪還のためにベングリオンは如何なる犠牲も厭わないと言って、パレスチナに着いたばかりで右も左も分からないジェノサイドの生存者も投入してます。別ルートを発見するまでに2回やったのですが、それまでの戦いで最大の犠牲者を出しています。ある意味ヤシンよりも、非人道的な行為と感じますね。
やはり、領土的野心と接収によって「公共目的以外の土地収用の禁止、市民権の保証」の無効化を狙った計画です。事実、強制退去させられた難民の帰還を「イスラエルには責任がない」と拒絶し、土地を没収しています。
ダレット計画発令から独立宣言まで約1カ月ですから、計画が独立に向けた下準備なのは明らかです。またトルーマンから確約を得ていたシオニストがアラブ諸国軍の介入を予期していたのにも関わらず宣言をした理由も述べました。領土と人口構成の調整です。ちなみに宣言文に「領土を決議で規定された内側」と盛り込むのをベングリオンは拒絶したので、イスラエルはパレスチナのどこかにある国としか言えない状態でした。
アラブ諸国は介入の際、国連に通知していて20日の安保理では「パレスチナに軍隊を送ったと安保理に通知した派兵諸国の署名入り公式文書に基づいて」ソヴィエト・タラセンコ国連大使は非難しています。
ちなみに正規軍介入の理由にヤシン事件をヨルダンは挙げています。(まっ、ウソっぽいけど。)
トランスヨルダンの通知(5月16日)
》 国連事務総長、我々はデイル・ヤシン村民に対するような大虐殺から、非武装アラブ人を保護す
》 るためパレスチナに介入せざるを得なかった。我々は、パレスチナ全体、特にエルサレムさらに
》 ナザレおよびベツレヘムに対する我が国の責務を認識している。
》 我々はパレスチナ・アラブ人の完全な権利を支持すると同時に、パレスチナ・ユダヤ人に関して
》 格別に気遣うだろう事を見逃してはならない。シオニストは軍事介入の前になされた警告を無視
》 した。
http://domino.un.org/UNISPAL.NSF/62c13fb98d54fe240525672700581383/e2ab11675a195c3e85256a5700646474!OpenDoc ument
戦争は7月18日に第二次休戦合意が発効されますが、小規模な衝突は続いていました。エジプトは当時、紅海へのアクセスを可能にするアカバ湾一帯を占領していました。イスラエル軍は度重なる停戦履行勧告を無視して、10月16日にエジプト軍に大規模な攻撃を仕掛けアカバ湾を含んだネゲブ砂漠地域を占領、さらにシナイ半島まで侵攻します。そこに至って英国がエジプトとの条約に基づきイスラエルに最後通牒を突きつけ、イスラエルはシナイ半島から撤退します。
この間に大戦中にユダヤ難民を助けたスウェーデン赤十字総裁ベルナドッテ伯が委員長の、「恒久的な国境の決定」などを任務とした国連パレスチナ特別委員会が和平に尽力し、提案を練り上げました。内容はネゲブ砂漠をアラブ側に振っていたので、アラブ側としてはあまり問題がないので受け入れが可能だったはずです。
しかしそうするとイスラエルは内容に不満を持っていましたから、「イスラエルだけが反対する」という決議案とは全く逆の状態になります。残念なことに9月17日にシュルテン(の残党?)によって伯は暗殺されました。ベングリオンはアジトの攻撃を指示し「抵抗するなら殺せ」と命じます。しかし、犯人は捕まりませんでした。
暗殺自体も国際的な非難を浴びますが、これがなければ停戦履行勧告を無視してのアカバ湾への攻撃も不可能だったでしょう。ベングリオンはデイル・ヤシンの虐殺、ベルナドッテ伯暗殺ともに謝罪、逮捕と措置を講じています。しかしながら、この2つともイスラエルの建国とって大変重要な役割を果たしたのは明白です。約束の地ならではの天恵でしょうか。
これは メッセージ 1240 (ojin_8823 さん)への返信です.
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