Re:野戦場の病
投稿者: MUSHIMARU_9 投稿日時: 2004/10/25 18:04 投稿番号: [1648 / 2229]
確かに右肩上がりの経済成長下の社会変化は、いったん変わってしまうと元に戻れない、というより戻りたくない、戻ること自体を考えない時代であったように思います。
例えば、時代を少し遡って、江戸時代の農林業は環境上殆ど無駄のない社会であったと云われてますが、当時農林業に従事していた人達すべてがゼロエミッションを意識して行動していたわけではなく、先人達によりパラダイムが確立していたので、そうすることがあたりまえだったはずです。それを、ゴミ問題が深刻化している現代人が先人の偉業を称えているだけに過ぎないと思います。ですから、ライフスタイルを当時レベルに近づけようとしても、本音として今ある利便性は放棄したくないし離せない。。これも楔が打たれているからなのでしょうか。
「漏斗の壁」のように、壁の出口が開いていれば希望が持てますが、ぬり壁だったらどうしましょ。ご承知のように、林業ってのは植林から伐採までのスパンが3世代単位となります。当然産業ですので、利潤が期待できなければ担い手をその土地に留まらせることができなくなり、そうなれば山は荒れます。日本には、治山治水という言葉があり、担い手は直接的には木を切り、木を売り、炭を焼いて生活を維持し、間接的には、木を植え、木を切り、森を守ることで山を治め、水を作り、水を治めていたわけです。
都会というのは田舎の犠牲の上に成り立っていて、大自然と対峙して暮らしたことのない都会人に限って無責任なこと云うような気がしてます。ひろさんがおっしゃるように、年老いた親(田舎)に仕送りさえも出来ない子供(都会)が増えたってことかしら。
当方の主張が受け入れられなくても、反論することでROM者の視野が広がるのであれば無駄ではないと思います。
これは メッセージ 1645 (h223hiro さん)への返信です.
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