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一方の外国の目

投稿者: MUSHIMARU_9 投稿日時: 2003/10/28 13:32 投稿番号: [1233 / 2229]
  東京都のホムペでみつけた某コラムです。

・日本人はかつて石材を主要な建築物としたことはなく、日本は極度に木材に依存する生活・建築の伝統を作ってきた「木の国」であった。
・木材や漆、薪炭、枝葉などの林産物資源は、江戸時代、日本人の生活に最も重要な資源であった。エネルギーとしての薪炭、神社仏閣、城などの建造物、庶民の家、家具、生活用品のほとんどに木材や漆などの林産物を利用しており、落葉は、田畑の堆肥として食の確保にも必須の資源であった。
・江戸時代、多くの建造物の建築や度重なる大火によって、森林資源を過剰に利用した結果、全国的に伐採できる木は伐り尽くされて各地で水害が多発した。
・江戸幕府は、鎖国政策のなか木材や林産物資源を確保し、下流の田畑の保全のため上流の山に植林、撫育し、森林を保全する政策を展開した。
・西多摩地域は、最高級スギ材の北山、スギ樽板材の吉野、弁甲材の飫肥、こけら板の近江、木炭の尾鷲などともに、江戸という日本最大の市場へ多摩川の筏流しを利用して短期間で搬出できる利点を活かし、「小丸太の青梅」として小径木、足場丸太を中心とした育成林業地として成立した。

・江戸が木を使うことによって、青梅の育成林業は繁栄し、森は活性化し、田畑を守って食糧を確保し、水土保全など都市環境を守りながら木材を供給するという循環を生み出していた。
・江戸は、当時世界的にも有数な大都市であり、江戸時代後期には、人口100万に達しており、当時、日本全体でも3000万人を超えていた。もし、天然林をただ伐採する採取的林業から持続的に木材生産可能な育成林業への移行がなかったなら、山林は荒れて水害が多発し、土壌が流出した田畑では食料増産もできず、木材資源やエネルギーも十分確保されないため、今日の日本は、貧困に打ちのめされた社会となって、豊かな緑の列島として生き延びることができなかったであろう。
(参考文献:「日本人はどのように森をつくってきたのか」コンラッド・タットマン著、熊崎実訳、築地書館)


  日本の持続可能な発展経緯は、江戸時代の木材流通を核としたシステムにも見ることができます。日本は平野部が少なく多湿な風土。何度も言うようですが、山にそこそこ手を入れなければ、国土の7割近くもある森林は守れないのではないでしょうか?
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