Re: 循環型完全自給自足の実現
投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2006/05/03 22:30 投稿番号: [1125 / 1931]
100万人で100万円づつ出し合って、平和的自給自治のアイテムを開発生産。
その気になれば、できる。
(太陽電池、リサイクルハウス、植物作物屋内栽培セット、タフで改造自由自在型の通信機械、電気あるいはエタノール運搬車や自転車、衣類製造道具、必要な電気部品、金属リサイクル再形成システム、水の浄化装置循環利用システム、バイオガスプラス液肥製造システム、
エタノール燃料製造システム、エネルギー蓄積装置、備蓄システム、半永続利用再生可能なクリーンエネルギーシステム(太陽電池、風力、バイオマス、、、、)
こういったものを、楽しんで製造するアート、スポーツで遊べばいい。
遊んで、平和実現だ。
踊りながら、歌いながら、微笑みながら、爆笑しながら、、、
そうだ、労働ってのは、楽しむべき何かなのだ。
実は、楽しめない労働は、してはならない自分を痛めつける労働なのだ。
でも、表面的に同じ労働に見えても、意識のもち方、問題意識によって、アプローチの方法によって、それは、まったく違った意味をもつようになる。
労働を最大のアートにしてしまうテクニックを開発する。
しかし、古い意識は、労働の中に、いろいろな支配や操作やいじめや競争などと
いうものを投げ込んできた。。。
そして、労働者を痛めつけながら、さらにその成果をネコババしていた。。。
だから労働は、マイナスの波動をもってしまった。
そこに付与してきたものが、悪すぎた。
これは支配意識や資本家や国家の責任だ。
しかし、本来、労働とはお祝いであり、生きるアートであったのだ。
衣食住、エネルギー、移動、通信、医療、教育。
これだけを確実に、平和的に自給自治できれば、不当な搾取や経済の変動や資源の
枯渇奪い合い問題を終わらせれる。
これを世界の金持ちが、その気になって、世界中のものに分け与えようと思えば、
簡単に実現できる。
私は、これらの搾取のない生産と皆への提供を求める。
資本家も、労働者も、私たちは、同じ体験する意識として、平和に誰でも自給自治できるような協働をすることができる。
働かしている金持ち、と働かされている貧乏人とに区別してしまう世界は、病んでいる。
いつになったら、この腐った考えをやめるんだ?
はやく、すべてのものに、平和に自給自治する権利と場と環境を、求めるもの、それを生きれるものに、提供するように求める。
あくまで、求め続ける。
それを認めないで、どうして人間に責任など問える?
不当にその自由意志に反して支配し、働かせ、搾取し、精神的な圧力をかけて、
あの手この手で、気がつかないような方法で、人間を支配し、勝手に操作し、
それで、どうして、その人間に責任を問える。
悪き支配と世界であるゆえに、悪き心を生じさせたのか、そのものが、本当に自由な能動意志によって、それをしたのか、、、、どうやって違いを見分けるのかね。
こんな大事な違いすら、法律できちんと説明され、それに応じた個個別別の対処がなされるように、されていないのは、どういうわけだ?
平和的に自給自治する権利を法律で明記し保障するように求める。
愛国心では世界は平和にならない。
平和的自給自治ができさえすれば、世界はより平和になる。
それは、希望の扉へのはじめの一歩になる。
その気になれば、できる。
(太陽電池、リサイクルハウス、植物作物屋内栽培セット、タフで改造自由自在型の通信機械、電気あるいはエタノール運搬車や自転車、衣類製造道具、必要な電気部品、金属リサイクル再形成システム、水の浄化装置循環利用システム、バイオガスプラス液肥製造システム、
エタノール燃料製造システム、エネルギー蓄積装置、備蓄システム、半永続利用再生可能なクリーンエネルギーシステム(太陽電池、風力、バイオマス、、、、)
こういったものを、楽しんで製造するアート、スポーツで遊べばいい。
遊んで、平和実現だ。
踊りながら、歌いながら、微笑みながら、爆笑しながら、、、
そうだ、労働ってのは、楽しむべき何かなのだ。
実は、楽しめない労働は、してはならない自分を痛めつける労働なのだ。
でも、表面的に同じ労働に見えても、意識のもち方、問題意識によって、アプローチの方法によって、それは、まったく違った意味をもつようになる。
労働を最大のアートにしてしまうテクニックを開発する。
しかし、古い意識は、労働の中に、いろいろな支配や操作やいじめや競争などと
いうものを投げ込んできた。。。
そして、労働者を痛めつけながら、さらにその成果をネコババしていた。。。
だから労働は、マイナスの波動をもってしまった。
そこに付与してきたものが、悪すぎた。
これは支配意識や資本家や国家の責任だ。
しかし、本来、労働とはお祝いであり、生きるアートであったのだ。
衣食住、エネルギー、移動、通信、医療、教育。
これだけを確実に、平和的に自給自治できれば、不当な搾取や経済の変動や資源の
枯渇奪い合い問題を終わらせれる。
これを世界の金持ちが、その気になって、世界中のものに分け与えようと思えば、
簡単に実現できる。
私は、これらの搾取のない生産と皆への提供を求める。
資本家も、労働者も、私たちは、同じ体験する意識として、平和に誰でも自給自治できるような協働をすることができる。
働かしている金持ち、と働かされている貧乏人とに区別してしまう世界は、病んでいる。
いつになったら、この腐った考えをやめるんだ?
はやく、すべてのものに、平和に自給自治する権利と場と環境を、求めるもの、それを生きれるものに、提供するように求める。
あくまで、求め続ける。
それを認めないで、どうして人間に責任など問える?
不当にその自由意志に反して支配し、働かせ、搾取し、精神的な圧力をかけて、
あの手この手で、気がつかないような方法で、人間を支配し、勝手に操作し、
それで、どうして、その人間に責任を問える。
悪き支配と世界であるゆえに、悪き心を生じさせたのか、そのものが、本当に自由な能動意志によって、それをしたのか、、、、どうやって違いを見分けるのかね。
こんな大事な違いすら、法律できちんと説明され、それに応じた個個別別の対処がなされるように、されていないのは、どういうわけだ?
平和的に自給自治する権利を法律で明記し保障するように求める。
愛国心では世界は平和にならない。
平和的自給自治ができさえすれば、世界はより平和になる。
それは、希望の扉へのはじめの一歩になる。
これは メッセージ 1 (yuyu10nen さん)への返信です.
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