Re: リスク論について:損失余命の定義2
投稿者: messengerofnonmalt_2002 投稿日時: 2006/06/15 02:50 投稿番号: [1481 / 1694]
2000字越したので続きです。
>さて、このような損失余命の概念をエンドポイントとして用いることで、
異なるリスクを統一的な指標を用いて比較することが可能になりました。
上の例だと、労働災害はがんよりも40倍のリスクがあるというように。
例えばこのがんの発生原因がアスベストと思われる中皮腫を伴うものだったらどうでしょう?
この場合、避けるべきリスクは労働災害もがんも同等です。
アスベストが原因と思われるがんは吸入後、数10年後に発生する事が多いようですが、
例えその発生が平均寿命前後に発生したとしても、やはり大きな問題である事に変わりはないでしょう。
また労災は実は年齢や熟練度合いに関係なく、各年齢に満遍なく発生しているものなのですが、
当然ながらその対策には、若年は気をつけて、高齢者は気をつけなくてよいなどという政策は
採られていないし、今後もその様な事は起こらないでしょう。
前にも書きましたが、日本では損失余命は統一的な指標にはならないし、
今後もなるかどうかは難しい気がします。簡単に人権問題に発展しそうですしね。
この辺の問題はMsg.1477でも書かれていますが。
あと、余談ですが
>少なくとも社会的な貢献度という観点から見た場合、これから教育を受ける必要のある0歳児よりも、
教育期間が終了しこれから存分に働くことができる20歳の方が価値が高いとは言えるでしょう。
よくある目安として定年前後まで働いた場合の獲得賃金を算出する事がありますが、
その場合パーソナリティが確定していない子どもが一律的に算出されるのに対し、
そろそろ確定しつつある20歳の方が具体的に算出しやすいというのがあります。
生命は全ての人に平等ですが、個人の能力は人によって違いがあるという事ですね。
個人の能力を個別に評価する事は一般にも認められていますが、
生命の価値と個人の能力の違いをごっちゃにしない事が肝要か思います。
あと最後になりますが、あるものさしを当てはめて、比較する事に個人的には意味を感じません。
個の多様性を尊重する時代に、全体主義に繋がる様な比較は社会主義国ならいいでしょうが、
日本にはそぐわない気がします。
そういうものが必要になる場合もあるのかも知れませんが、
私にはよく分かりません。
これは メッセージ 1480 (messengerofnonmalt_2002 さん)への返信です.
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