文化帝国主義論争(爆笑)
投稿者: cj4a_nomal 投稿日時: 2005/10/11 12:17 投稿番号: [7877 / 62227]
そんなものは存在しないのだが。
国語辞書を引いてみればわかるが、
文化なんてものはそんな大層なものではない。
吉野家の牛丼だって、いまや食文化だ。
何が何でも死守せねばならぬようなものでもなく、
相応の理由があれば止めたっていっこうに構わないのだ。
例えば、シロナガス捕鯨に頼りきった文化があったとして、
そんなものが今現在許容されるか?
止めるか、可能ならば形を変えるしか無いだろう。
そんなことはわかりきってるのに、
何故食文化を剥きになって否定するのか?
”文化帝国主義論争”などという仮想敵国を作ってまで頑張るのか?
それは”相応の理由”を準備できないからに他ならない。
だから、反捕鯨の根拠を問われても逃げ回っているのだ。
繰り返すが、食文化とは死守するほどのものではない。
世の中のニーズに合わせて変遷したって構わない。
相応の理由があるなら、止めたって構わない。
が、理由も無く、ただ理不尽な言いがかりに付き合って、
捨て去ってよい程価値の無いものではない。
求める者が居るなら、それは程よく守られるべきものだ。
まぁ、守りたい奴が守れば良いのだが。
アラスカの捕鯨だって、ただ栄養学的なものであるなら、
資源量の極めて少ないボウヘッドなど獲らずとも、
政府援助の元、それなりの装備を揃え、
資源量の多い鯨種にシフトすれば良いのだ。
が、コレは文化であるが故、認められているのだ。
これは メッセージ 7870 (kujira77777 さん)への返信です.
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