食糧自給と飽食について
投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2005/03/07 23:35 投稿番号: [5966 / 62227]
「飽食をするものは食糧自給を語る資格なし」か・・・。人がa氏の語る様に高潔な倫理観でのみ生きる動物ならばだが。だが、彼は自分と他人に異なる基準を設けて話をする癖があるので、直接語るには要注意であるが・・・。
私は凡人なので、そんな高尚な倫理は真似できないし、一人の倫理エゴより千億万の凡人大衆を救う方が大事だと思う。
飽食のメカニズムを考えてみれば、倫理のみの批判などが国民の支持を得られるものでない事は明解だ。
先進国は皆似たようなものだが、日本に限定して言えば・・・
①有り余る潤沢なカネを持ち。
②世界の農業国には豊富な余剰生産物があり。
③それは国内品よりも遥かに安価に手に入り。
④そして、何より貿易対として相手国が変われる事を望んでいる。
という事にある。
端的に言えば、世界が基本的に自由貿易というルールで動いている事が生んだ、現代のローマ帝国だ(悪く言えばソドムかな)。
a氏の論理はこの一点を「高潔な倫理観をもって糾弾するにおいてのみ正しい」が。
だが・・・時代は「回天」すると国連やFAOやシンクタンクは不吉に予言する。
①日本には潤沢なカネがあるが。
②世界に余剰の食糧は無く、それは「戦略物資」と呼ばれ
③偶に買えてもべらぼうに高価な代償を払わされ
④日本は富の殆どを失う
まさに、管理貿易の時代がやがては訪れ、無策のままではカルタゴの廃墟を待つのみだろう。
そこまで予測が出来ている以上、国家として大多数の凡人で構成された国民の衣食住を考慮する事は、正義だ。倫理のみでの糾弾はそれをするなと言っているに等しい。
だれがそんな「倫理感」を支持するだろうか?
また、人は、間延びした半鐘などたいして気にもしないが、焔と火の粉が見え、すり半が鳴り始めれば怒涛のごとく動き始める。だが、「その時」では最早間に合わない。
来るべき時に備え、捕鯨は勿論のこと、漁業・農業従事者を絶やさない努力を巡らすことを、その過去を顧みない愚か者とただ哂うだけより、私は妥当な施策をコツコツ支持したい。
質素倹約・・・大いに結構!賛成です。
だが、根本的に足りなくなるタンパク源はいったいどこから湧いてくるのか?
a氏以前の会話では50年後の事などどうでも良いと言っていたから、未来の事には興味が無いかもしれないが、私は、やっぱり興味があるから。
これは メッセージ 1 (whale_ac さん)への返信です.
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