フカヒレ日本一再び…気仙沼が動き出す
投稿者: r13812 投稿日時: 2011/06/12 08:28 投稿番号: [54419 / 62227]
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20110611-788834.html
宮城・気仙沼にフカヒレが戻ってくる。東日本大震災から今日11日で3カ月を迎える。被災した老舗フカヒレ専門店「石渡(いしわた)商店」が、地元の気仙沼市内で仮設の加工工場の建設を開始。25日からの稼働を予定し、震災以来、3カ月半ぶりに名産品を製造する。津波で工場や社屋を失ったが、石渡久師専務(30)が「気仙沼でフカヒレを復活させる」と発奮。市内の加工業者6社で「気仙沼ふかひれブランドを守る会(仮称)」も立ち上げ、壊滅的な被害を受けた港町の復興を後押しする。
中華料理で人気の高級食材フカヒレを、気仙沼から再び出荷したい。石渡専務の熱意が、実現に向けて動きだした。1957年(昭32)創業の工場周辺は、がれきの撤去も進まず、腐敗した魚の影響で悪臭が漂い、衛生環境が悪化。高台で新たに土地を確保し、1日に仮設工場の建設を始めた。「今は、ボイラーや圧力釜を設置しているところ。これから室内を仕切って、作業室、冷蔵室、冷凍室を造ります」。気仙沼港のサメの水揚げは、まだ見通しが立たないため、南米産の原料を調達。冷凍やレトルト食品に加工し、問屋へ届けるシステムを再構築する。
気仙沼港は、原料のヨシキリザメの水揚げ量が日本一。加工業者も15社を数え、日本一のフカヒレ生産量を誇ってきた。しかし大半の港湾施設が津波にのまれた。石渡商店の石渡正師社長(61)は「気仙沼の復興は無理だろう」と、一時は廃業を示唆。しかし長男の石渡専務と次男の康宏さん(28)に説得され、半世紀以上続く家業の復活に向けて走りだした。石渡専務は「小さいころからフカヒレを見てますから、体の一部みたいなもの。震災で失いそうになって、思いが深くなった。必ず気仙沼にフカヒレを戻します」と力を込めた。
地元の同業者との連携も始めた。自身と同じ30歳前後の後継者世代に声をかけ、6社で「守る会」を設立。ホームページを立ち上げ、インターネットを通じて支援物資の提供を呼び掛ける。「今までは入札から競争で、同業者の協力は考えられなかった。震災後は、協力しないと乗り切れない。復興に意欲的なメンバーを集めました」。全国のPRイベントにも参加し、気仙沼産フカヒレの高い品質や加工技術などを訴える。Tシャツなどのオリジナルグッズも考案し、売り上げを活動資金にする。
気仙沼港は今月中旬に一部再開し、カツオの水揚げを行う予定。しかしサメに関しては、加工業者が被災しているため、水揚げはできない。「気仙沼に集まるはずのサメは、今は千葉県の銚子港で水揚げされている。でも白旗を上げるつもりはない」。石渡専務は、港全体の復興も見据えていた。【柴田寛人】
[2011年6月11日8時31分 紙面から]
宮城・気仙沼にフカヒレが戻ってくる。東日本大震災から今日11日で3カ月を迎える。被災した老舗フカヒレ専門店「石渡(いしわた)商店」が、地元の気仙沼市内で仮設の加工工場の建設を開始。25日からの稼働を予定し、震災以来、3カ月半ぶりに名産品を製造する。津波で工場や社屋を失ったが、石渡久師専務(30)が「気仙沼でフカヒレを復活させる」と発奮。市内の加工業者6社で「気仙沼ふかひれブランドを守る会(仮称)」も立ち上げ、壊滅的な被害を受けた港町の復興を後押しする。
中華料理で人気の高級食材フカヒレを、気仙沼から再び出荷したい。石渡専務の熱意が、実現に向けて動きだした。1957年(昭32)創業の工場周辺は、がれきの撤去も進まず、腐敗した魚の影響で悪臭が漂い、衛生環境が悪化。高台で新たに土地を確保し、1日に仮設工場の建設を始めた。「今は、ボイラーや圧力釜を設置しているところ。これから室内を仕切って、作業室、冷蔵室、冷凍室を造ります」。気仙沼港のサメの水揚げは、まだ見通しが立たないため、南米産の原料を調達。冷凍やレトルト食品に加工し、問屋へ届けるシステムを再構築する。
気仙沼港は、原料のヨシキリザメの水揚げ量が日本一。加工業者も15社を数え、日本一のフカヒレ生産量を誇ってきた。しかし大半の港湾施設が津波にのまれた。石渡商店の石渡正師社長(61)は「気仙沼の復興は無理だろう」と、一時は廃業を示唆。しかし長男の石渡専務と次男の康宏さん(28)に説得され、半世紀以上続く家業の復活に向けて走りだした。石渡専務は「小さいころからフカヒレを見てますから、体の一部みたいなもの。震災で失いそうになって、思いが深くなった。必ず気仙沼にフカヒレを戻します」と力を込めた。
地元の同業者との連携も始めた。自身と同じ30歳前後の後継者世代に声をかけ、6社で「守る会」を設立。ホームページを立ち上げ、インターネットを通じて支援物資の提供を呼び掛ける。「今までは入札から競争で、同業者の協力は考えられなかった。震災後は、協力しないと乗り切れない。復興に意欲的なメンバーを集めました」。全国のPRイベントにも参加し、気仙沼産フカヒレの高い品質や加工技術などを訴える。Tシャツなどのオリジナルグッズも考案し、売り上げを活動資金にする。
気仙沼港は今月中旬に一部再開し、カツオの水揚げを行う予定。しかしサメに関しては、加工業者が被災しているため、水揚げはできない。「気仙沼に集まるはずのサメは、今は千葉県の銚子港で水揚げされている。でも白旗を上げるつもりはない」。石渡専務は、港全体の復興も見据えていた。【柴田寛人】
[2011年6月11日8時31分 紙面から]
これは メッセージ 54375 (r13812 さん)への返信です.
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