フカヒレの気仙沼 街再生へ動き出す
投稿者: r13812 投稿日時: 2011/06/09 06:23 投稿番号: [54375 / 62227]
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2011年06月08日
石渡商店の周辺は津波の大きな被害を受けていた=気仙沼市、水野義則撮影
中華料理の高級食材フカヒレの供給がピンチだ。原料のサメの水揚げが全国の9割を占める気仙沼市の漁港が、津波で壊滅的な被害を受け、加工場も軒並み流された。漁船が水揚げ港を移す動きもある。それでも「フカヒレの街」は再生に歩き出している。
「うちのフカヒレは100%気仙沼産だった。先行きが全く見えない」。東京都内の高級中華料理店の担当者は頭を抱える。
看板メニューのフカヒレは、乾燥や水戻しの高い技術と安全の面から気仙沼産に頼ってきた。だが、震災後は入荷がストップ。国内の他産地ものや震災前の在庫でしのいでいる。
農林水産省によると、2005年の全国のサメ類の水揚げ量のうち、気仙沼港は9割の1万7407トン。気仙沼市によると、フカヒレだけでなく、すり身や皮、骨を加工する業者も集まり、水揚げが集中した。
だが、津波で漁港は壊滅。海沿いにあった10軒ほどの加工業者も大半が流され、数億円の被害を受けた業者もある。
魚市場は今月中旬の仮復旧を目指すが、鮮魚のまま出荷できるカツオの水揚げが中心。サメの加工場や冷蔵業者は再開のメドが立っていない。「船がサメを持ってきても受け入れるのは難しい」(気仙沼漁協)状態だ。
気仙沼港を母港とする近海はえ縄船「千代丸」は、銚子港(千葉県)に基地を移した。関連会社の畠山正明社長(46)は「復興のために気仙沼に水揚げしたいが、出荷できるまでには数カ月では無理だろう」とみる。
気仙沼市は「フカヒレの街」として育ってきた。市内の学校給食にフカヒレのメニューを取り入れ、すし店ではフカヒレのにぎりを出した。バイクのご当地ナンバーにはサメが描かれ、市水産課職員の名刺入れはサメ皮製だ。
そんな街の再生に、加工業者も動き始めた。1957年創業で工場が全壊した「石渡商店」は高台に仮工場を建て、年明けには本社工場を併設する計画だ。
ふぐのヒレ酒のように熱燗に入れて飲む「フカヒレ酒」には、震災後に注文が1万セット入った。地酒とセットにしてプレハブの事務所で出荷を続けている。石渡正師社長(61)は「全国的に認められてきたフカヒレの街で、またフカヒレを作りたい」と話す。(工藤隆治)
これは メッセージ 54273 (r13812 さん)への返信です.
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