理解力なし、品性下劣なsaita君へ
投稿者: ts657738 投稿日時: 2004/10/10 22:05 投稿番号: [4940 / 62227]
>別に鯨が食べられなくても生活に困るわけではないしネ…。
→こうしたことを平気で書いてしまう輩が非難されるのは当然のこと。批判されて、失礼だの不純だのというのは笑止千万な話。程度低すぎると笑えんわな。
どこかの誰かが僕はクジラなんて食べないからいらないというのは自由な話。
しかし、教養というものが足りないという理由で、その個人の感情が日本全体としてクジラなんて食べなくていいとなるなら、これは相当に滑稽な人物だ。明らかに“足りない”人物だろう。「死ななきゃ治らん〜」というものだ。
IWCには捕鯨を抱える自治体の首長が捕鯨再開を訴えに参加している。首長が勝手にIWCに遊びに行くならそんな首長はリコールされて首になるのがオチだが、首長達は必死な思いで捕鯨再開を訴えに行く。地元の人間には捕鯨が必要だから。
日本には捕鯨が必要だという点は何度も何度もIWCでは決議されている。
今年もまた、何度目かの採択がされている。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019607&tid=ja7dfa4ha5afa58a5ijdd8n&sid=552019607&mid=38
日本では捕鯨が取り上げられて困難に直面している人間達がいる。日本の各地には深く捕鯨が根付いている。クジラが取れなくなって様々な困難に直面せざる得ない状況がもう20年続いている。
こうした人間達は訴える。
http://homepage2.nifty.com/jstwa/q&a.htm
Q2.なぜ沿岸小型捕鯨は、捕鯨地域にとって非常に重要なのですか?
A 捕鯨は、経済的な問題に限られるものではありません。
生活というものは、単に生きていく上で必要な物を買う金銭だけの問題ではなく、様々な側面があるからです。これらの地域では漁業や魚の加工業が行われていますが、これは以前から捕鯨業に伴ったものであり、捕鯨に代わるものではありません。最近は養殖も加わっています。観光も捕鯨業によって生まれた付加的な産業です。捕鯨なくしては、ほとんどの地域では観光客を惹きつけるものは提供できません。
このように、捕鯨はそれに付随する第二、第三次産業とともに経済的に重要なのです。と同時に、地域の産業は、その地域を定義する社会的・文化的慣習を発展させます。沿岸小型捕鯨地域では、捕鯨業によってこうした慣習が発展し、地域としての意味を与えていきました。それは地域の文化であり、日本という大きな文化の一部です。沿岸小型捕鯨の衰退は、これらの地域の統合性を分解しています。これらの地域は、人口や所得の打撃的な損失を乗り越えようと懸命に努力しているのです。捕鯨関係の雇用が減少すると共に、地域の根幹部分も失われていきました。こうした雇用問題と地域社会の崩壊は、若者を外へと仕事を求めさせ、地域から追いやってしまったのです。
また、これらの地域は次の世代に提供できるような新たな雇用機会が限られているのです。西洋文化圏の国々が1982年のモラトリアムに固執しているがゆえに、これらに地域から捕鯨に係わる雇用の機会を奪っており、その代わりとなる雇用の機会は、地理的な立地条件やインフラが整備されていないために非常に少ないのが現状です。IWC自身、1993年の決議で日本の捕鯨地域の社会経済的及び文化的必要性を認め、ミンク鯨漁の停止によって、これらの地域が困窮していることを認めています。
結論としていえることは、ミンク鯨漁の停止は単に雇用機会を制限しているだけでなく、さらに重要なことは、地域の一体性、地域社会そのものを徐々に、そして不必要に失わせているということです。
→こうしたことを平気で書いてしまう輩が非難されるのは当然のこと。批判されて、失礼だの不純だのというのは笑止千万な話。程度低すぎると笑えんわな。
どこかの誰かが僕はクジラなんて食べないからいらないというのは自由な話。
しかし、教養というものが足りないという理由で、その個人の感情が日本全体としてクジラなんて食べなくていいとなるなら、これは相当に滑稽な人物だ。明らかに“足りない”人物だろう。「死ななきゃ治らん〜」というものだ。
IWCには捕鯨を抱える自治体の首長が捕鯨再開を訴えに参加している。首長が勝手にIWCに遊びに行くならそんな首長はリコールされて首になるのがオチだが、首長達は必死な思いで捕鯨再開を訴えに行く。地元の人間には捕鯨が必要だから。
日本には捕鯨が必要だという点は何度も何度もIWCでは決議されている。
今年もまた、何度目かの採択がされている。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019607&tid=ja7dfa4ha5afa58a5ijdd8n&sid=552019607&mid=38
日本では捕鯨が取り上げられて困難に直面している人間達がいる。日本の各地には深く捕鯨が根付いている。クジラが取れなくなって様々な困難に直面せざる得ない状況がもう20年続いている。
こうした人間達は訴える。
http://homepage2.nifty.com/jstwa/q&a.htm
Q2.なぜ沿岸小型捕鯨は、捕鯨地域にとって非常に重要なのですか?
A 捕鯨は、経済的な問題に限られるものではありません。
生活というものは、単に生きていく上で必要な物を買う金銭だけの問題ではなく、様々な側面があるからです。これらの地域では漁業や魚の加工業が行われていますが、これは以前から捕鯨業に伴ったものであり、捕鯨に代わるものではありません。最近は養殖も加わっています。観光も捕鯨業によって生まれた付加的な産業です。捕鯨なくしては、ほとんどの地域では観光客を惹きつけるものは提供できません。
このように、捕鯨はそれに付随する第二、第三次産業とともに経済的に重要なのです。と同時に、地域の産業は、その地域を定義する社会的・文化的慣習を発展させます。沿岸小型捕鯨地域では、捕鯨業によってこうした慣習が発展し、地域としての意味を与えていきました。それは地域の文化であり、日本という大きな文化の一部です。沿岸小型捕鯨の衰退は、これらの地域の統合性を分解しています。これらの地域は、人口や所得の打撃的な損失を乗り越えようと懸命に努力しているのです。捕鯨関係の雇用が減少すると共に、地域の根幹部分も失われていきました。こうした雇用問題と地域社会の崩壊は、若者を外へと仕事を求めさせ、地域から追いやってしまったのです。
また、これらの地域は次の世代に提供できるような新たな雇用機会が限られているのです。西洋文化圏の国々が1982年のモラトリアムに固執しているがゆえに、これらに地域から捕鯨に係わる雇用の機会を奪っており、その代わりとなる雇用の機会は、地理的な立地条件やインフラが整備されていないために非常に少ないのが現状です。IWC自身、1993年の決議で日本の捕鯨地域の社会経済的及び文化的必要性を認め、ミンク鯨漁の停止によって、これらの地域が困窮していることを認めています。
結論としていえることは、ミンク鯨漁の停止は単に雇用機会を制限しているだけでなく、さらに重要なことは、地域の一体性、地域社会そのものを徐々に、そして不必要に失わせているということです。
これは メッセージ 4932 (saita922 さん)への返信です.
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