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BEKOFF「倫理と海洋哺乳類」3

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/09/07 19:01 投稿番号: [47476 / 62227]
_A.われわれは何をすべきか?

人間による他の動物への影響、衝突などはそれが意図的なものであれ、不慮の
ものであれ、普遍的にどこでも起きる。真剣な討論を必要とする主要問題は
われわれが他の動物の生活に干渉すべきなのか、どういう時に人間の干渉が
許されるのかという課題である。

われわれは他の動物をあるがままにしておき、意図的に彼らの生活に干渉する
ことは避けるべきなのだろうか?   あるいはわれわれは望む時にいつでも
食糧として彼らを狩猟してよいのだろうか?   われわれは他にかわりの食物が
無い時だけ狩猟をしてもよいのだろうか?

われわれが彼らの生息地を破壊した場合、彼らが病気の場合にはわれわれは
動物の生活に介入すべきなのだろうか。かれらが探しまわる範囲に十分な
食糧が無ければ、餌を与えるべきなのだろうか。親が子の世話をしなくなったら
面倒を見、攻撃的な遭遇を阻止し、彼らの途から捕食者を取り除くべきなの
だろうか。あるいは個々の動物を動物園、野生動物テーマパーク、マリン
パークを含む他の場所へ移してもよいのだろうか。

人間の利害関係は常に動物の利害に打ち勝つべきなのだろうか?
もしそうでないならば、どういう時に動物の利益がわれわれの利益に
優越すべきなのだろうか?

どういう時に人間が介入すべきなのかというのは難しい問題である。
そうすることができるということは、そうすべきであるとか、そうしなければ
ならないということとは違う。さらにある干渉が他の干渉より危害が少ない
という理由で干渉するならば、われわれは非常に滑りやすい斜面に立つ
ことになる。

結局は狭い、あるいは利己的な人間中心主義的(anthropocentric)
の要求に到達する。人間が良い意図を持っているような状況でも、
善意の意図がいつも十分であるとは限らない。

この稿では海洋哺乳類、特にクジラとイルカの利用、開発収奪(exploitation)に
横たわる基本問題を議論し、一般的な問題を提示する。更にいくつかの
代表的事例について論ずる。あれこれの問題について、決定的な回答と
いうのは捉えがたいところにある。しかしオープンな議論が先取り的に
積極的な意思決定をするためのガイドラインを与えることになるだろう。

われわれはあまりにもしばしば、われわれが既に作り出してしまった
問題の厄介で困難な状況に直面し、それに対処し、整序するという立場に
置かれてきた。問題を先取りする積極性が将来の物事のやり方となる
必要がある。

動物がどう取り扱われるべきかという問題に関して、「正しい」回答、
「誤った」回答、というものはない。しかしより良い答えと、より悪い
回答の違いはある。いくらかのケースではおそらく、われわれが「正しい」
と思っていた行動が、大きな構図の中で真摯に分析してみるとそうでは
なかったということがわかるだろう。

野生の、あるいは飼育されている海洋哺乳類が人間と密接な社会的結びつきを
持ったとしても、これらの動物が社会化した個体や馴致された動物個体
であったとしても、家畜化された動物ではないということに留意しておく
ことは基本的なことだろう。

しばしば人々は人間と密接な相互関連を持った動物を家畜化したと
認識する。しかし家畜化はある動物個体の一生のうちには起らない。

家畜化とは長期間の進化論的過程で起ることであり、その間に人間が
望む方向で選択し品種改良した結果である。「家畜化」と「社会化」
あるいは「馴致」は同義語ではない。

(つづく)
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