Re: 1937年捕鯨協定
投稿者: r13812 投稿日時: 2010/08/14 10:48 投稿番号: [46896 / 62227]
>想像するにこの文章の起案は大村さんではなくて粕谷氏でしょう。
そう、大村さんが書いたもの(1938年1月11日付)に対する粕谷さんの解説文。
で大村さんはどう書いたのか?
↓
大村(日記)
1938年1月11日(頁56抜粋)
夕食後甲板に出る。シロナガス3見る。最初の1頭は何も喰べて居ないが後の2頭は何れも満腹の状態。尚乳を分泌するものが2頭ある。八利の捕ったもの。前に部長は授乳
中のものは捕獲禁止だとか云って居たが度々上る処を見るとそうではなさそうだ。来年は是非禁止の條件を付けたいものだ。本年は注意しようかとも考えたが規則違反にもな
らないし條件もなしするので黙認することとする。国際条約には加入して居らないがその精神は日本と雖も慎重しなければならない。
でそれに対する粕谷さんの解説が下記というわけ。
↓
粕谷(解説)
頁175
[その精神は日本と雖も慎重しなければならない]
1937年5月24日から6月7日までに、ロンドンにおいて捕鯨会議が開かれ、セミクジラ類とコククジラの捕獲禁止、制限体長の設定、仔連れクジラの捕獲禁止、鯨体の完全利用な
どが決められた。日本は出席を要請されたが、明年度年度会議へは参加の意志があることを表明したのみで、南氷洋捕鯨の歴史が浅くて、準備が整わないことを理由に出席せ
ず、協定加盟もしなかった。この協定は関係国の批准によって正式には1938年5月7日に発効したが、調印国が履行し得る範囲で1937年7月1日以降、仮の効力を発生するとある
。このため、日本もそれを尊重すべきと著者は考えたものである。
[部長]
この局長は農林省水産局長のこと。
これは メッセージ 46894 (roran_jp さん)への返信です.
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