Re: 文化論争の意味
投稿者: legal_guardian01 投稿日時: 2010/07/19 20:34 投稿番号: [46134 / 62227]
>「クジラさんカワイー」がどうのこうのってのは、水産庁と日本捕鯨協会、
国際PRが作ったワラ人形だよ。
それが違うんだよね。
>自然と離れて暮らしている人たちこそが自然保護運動に熱中しやすいこの傾向は「バンビ症候群」と呼ばれることもあり、自然保護につきまとう弊害として認識されている。 自然保護思想が超越主義やロマン主義と結びつき、近代的な都市生活の成立を前提として浮上することは鬼頭秀一によって指摘されているが、本来人間は自然の中で暮らしその恵みを糧とすることにより生きてきたのであって、農業従事者にとって野生動物は農作物を荒らす敵に他ならず、もし野生動物を保護せよと主張するのであれば、農家が野生動物から受ける被害を減らす作業といかに両立させるかを考えなくてはならないのである。 現在、野生動物保護を真剣に考える人にとってそうした視点は常識化していると言ってよい。 また、それは都会化した先進国が、「自然」を多く残した後進国の「自然保護」に向かう際に絶えず意識しておかなければならないことなのだ。
鯨イルカ・イデオロギーを考える(Ⅱ)『人文科学研究第119輯』
(新潟大学人文学部、2006年11月)三浦
淳
海を見たこともない、イルカはフリパーしか知らないという人達がかかる罠だね。
バファローは乱獲によって一時絶滅の危機にあった。ヨーロッパのほうは本当に絶滅してしまった。しかし、アメリカでは禁猟政策によって回復をとげた。当初の生息数には及ばないんだけど、種の意地には充分な生息数で、過剰の部分は捕獲して食用にしている。
これが持続可能性を伴った開発だよ。「水産資源の持続可能性」は日本が先駆的に主張してるんだけど、反捕鯨国の科学的根拠もない「とにかく獲っちゃだめ」理論に押し倒されているな。反捕鯨国って相変わらず生息数の調査はしていないし、特定の地域をサンクチュアリにしっぱなしで何のフォローもしていない。それは持続可能性とは反対の岸にあるものだね。
これは メッセージ 46128 (aplzsia さん)への返信です.
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